最近のコメント一覧
最近投稿された読者の皆様からのコメントをご紹介!たくさんのコメント、お待ちしています。
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黒パンダ
2024-04-11
介護について共有できるものがたくさんで興味深く読ませていただいています。
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マモコ
2024-04-11
今週もツガエ様お兄様の排せつ爆弾の数々、後始末はさぞお辛いだろうな、私だったらできないよと思いながら読ませていただきました。 専門家の方がおっしゃっている「認知症の人に悪意はない」というお話ですが、排せつについて言えば「トイレの場所がわからなくなった」「我慢できなかった・間に合わなかった」というのが該当するのでは? お兄様の場合、爆弾投下箇所を考えると、それとは違うような気がします。話は飛びますが、子どもって、大人から「やっちゃダメ」と言われたことをやりたがりますよね。お兄様はもしかして小さいころ、「トイレでないところで用を足したら怒られるだろうな。でも、やってみたい」と妄想していたのでは?認知症になってタガがはずれて、子どものころの妄想を実行しているのでは?飛躍し過ぎかもしれませんが…。ツガエ様を困らせたいという気持ちも、全くないとは言えないと思います。 レビーピックだった義母(故人)はトイレが頻繁で、行ったことをすぐ忘れ、出たか出ないかもすぐ忘れ、車で医者に連れて行く時など「むっちゃうよ(漏れちゃうよ)!」「そこの畑でするから降ろして!」と大騒ぎするので大変でした。子どものころお漏らしして恥ずかしいことがあったのかな、と夫と話しました。レビーの義父も、小さいとき辛かったことが、認知症になってよみがえったような言動がみられます。 2人を見ていて、認知症になると心の底に沈んでいた思いが露わになるのかな、と感じたのでこのような投稿をさせていただきました。
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PON
2024-04-11
“とりあえず” は退院で、本人の体調もイイのは良かったですが… そう!そうなんですよね!本人は、悪いことに気づきたくないのか、はたまた、悪いことは忘れちゃうのか… まぁ、人間なんて都合の良いようにしか解釈しませんものねぇ… にしても、身近な人間…のぶさんからしたら、色々と考えちゃうし、ヤキモキしちゃうし!ですよね。 お疲れ様です。としか言いようがないのですが… この後、どうしたのか?という次回が気になって仕方ありません!
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こまぞう
2024-04-11
明るく伸び伸びとしたお母様と、心配性のうえだのぶさん。たいへんそうに見えますが(本当にたいへんなのだと思いますが)、性格の違うおふたりだからこそ上手くいっているところもあるように感じました。なんて、一読者が勝手に推測してすみません。でも、ふたりそろって落ち込んでいたら底なし沼にはまったみたいになってしまうし、お気楽に一緒に食べまくっていたらたちまち体調を崩してしまいそうです。私はのぶさんタイプなのでお気持ちはすごくわかりますが、ひとまずお母様が元気そうでよかったです。フォークを手にしたままぶら下げられて行ったお母様の今後を、ますます楽しみにしています。
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かげろう
2024-04-10
私の父は5年前に骨髄腫という血液のガンになり3年前に膵臓がん、2年前に肺がん、胃がんを手術で切除しました。その後去年の秋頃から調子が悪くなり、今年の1月に膵臓がんの再発、腹膜播種にもなり余命3ヶ月と言われました。83 歳でした。そして、2ヶ月半で亡くなりました。父は、とにかく生きたい人で前向きに治療もしようとしていました。余命宣告を受けた時に、私達娘息子の3人姉弟は、必死で毎日毎日治療法を探しました。父もショックを受けしばらく落ち着きもなく忘れたいように動き回っていました。膵臓がんは、5年生存率が一桁で、わかってはいたもののそれでも奇跡があるのでは無いかとネットでも情報を読みあさりました。叶さんは、食べる事が最期の方まで出来た事は本当に良かったと思います。うちの父は食べる事がすごく好きだったんですが、食べられなくてすぐに吐いてしまい、飲み物すら飲めなくなって、亡くなる前1ヶ月半程ほとんど食べられませんでした。痛くて痛くて、気晴らしに出かける事も出来ず、いつも険しい顔をしていて、今思うと亡くなる前もっとたくさんいろんな話をしたかったです。1週間毎に状態がすごく悪化してしまっていました。何も食べられず飲めず、病院からはもう何も出来ないので、緩和病棟へと言われ。緩和病棟の話を本人も聞かねばならなくて一緒に行った時に、父の目が赤くなっていて。今まで、頑固で建設業の1人親方だった父の気弱な姿を見た時に、何か出来る事はまだ無いのかとまた調べて残り1ヶ月だったけど、自由診療の治療をはじめました。それで、かえって弱ったかもしれません。でも、最後まで諦らめず治療をした事に後悔はありません。でも、その時に超脱水で干からびていると言われました。ガンで亡くなる前に栄養失調や脱水で亡くなってしまう場合もあるそうです。訪問看護の看護師さんに亡くなる2週間前に、今の気持ちはって聞かれた時に父は食べられる様になりたいと言っていました。何も食べられず逝ってしまいました。最後の10日は痛みがきつかったので医療用麻薬で、せん妄がひどくほとんど話も出来ず、最後の会話はお坊さん呼んどいてでした。亡くなる前に覚悟をしなければならなくなってきます。それまではできる事を必死に考えました。覚悟を決めたら、話をするほうがいいと思いました。伝えたい事をたくさんもっともっと言っとけば良かったです。
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華寿
2024-04-09
十朱幸代さん、久々にお目にしました。 同い年ですが、お若くてビックリ! さすが女優さんですね。 でも、ファッションがちょっとガッカリ 。 こんなにきれいでお若いのだから、 もう少し若々しいファッションでも 良さそう。 大手術をされて、すっかり回復できる なんて凄いと思います。
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しろねこ(=^ェ^=)
2024-04-09
戦前、戦後と苦労された方々が多いせいか、自分のまわりにも日常生活やちょっとしたふるまいからも、みなぎるパワーを感じさせてくださるシニアが多いです。とくに女性は。 『入り口がどこか、出口がどこか、』。。。 ふかいですね。心にしみています。
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ももりん3030
2024-04-08
ステキな大家さんですね。願わくば私もこんな歳の重ね方をしたいです。ご長命のお義母様・ご主人共々、いつまでもお健やかに!
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BLUE MOON
2024-04-07
毎週楽しく読ませていただいてます。 80歳の大家さん。どうすればそのような考え方や行動ができるのかしら?素敵ですね。 私もそういう考えで老いを楽しんでいきたいなぁ 肩の腱が切れた仲間…というのはなかなか見つかりませんが!
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向山利江子
2024-04-06
ランニング用のスマートウォッチを私がしているのを見て、脈拍がとれることに義母が関心を示していました。義父が認知症になってからそれまでガラケーも持っていなかったのに必要に迫られてスマホを持つことになった母は80過ぎてこれを覚えるのは大変といいながらも電話以外の機能も少しずつ覚えて使えるようになっています。必要なら、便利なら、当ったから使ってみないという感じならスマートウォッチでの健康管理もできるようになるんじゃないかなと期待しています。
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のもとおでん
2024-04-06
便秘で認知症というのはうそくさいが、つい最近の研究で、食物繊維とオリゴ糖(ようするに腸内環境を改善するらしい)で、高齢者の脳機能が改善するというのがあった。それを考えると、腸内フローラがどうしたこうしたで調子が良くないと、それは脳にもよくないのだろうなと考えていいのかもしれない。
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川津逸雄
2024-04-05
老後の身体を心配している
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JKHD
2024-04-05
素敵なコンテンツだと思います。
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ふじこちゃん
2024-04-04
ツガエさん こんにちは いつも同感しながらエッセイ読ませていただいています。されど、かわいいイラストとは裏腹な毎日のご苦労に胸が苦しくなります。 家の父は御歳90歳…レビー小体認知症です。幻視やパーキンソン症状がある病気です。 分かったのは5年前。最初は要介護1でした。 転倒して硬膜下血腫さらに腰椎圧迫骨折…介助なしで歩くのは難しくなりました。 現在は要介護4で、週3回のデイケア、月一回のショートステイなど利用しながらワンオペ在宅介護しています。 父も朝なかなか起きれず、デイケアのお迎えはあきらめて お昼前に車で送っています。 最近は放っておくと夕方まで寝ていて…薬も食事も飛んでしまうので困ったもんです。 デイケアに行っている間とぐっすり睡眠している間が、私の貴重な時間となります。 なのに…先日父は誕生日に転倒してしまい救急搬送。異常なしでしたが、転倒をいかに回避するかが私の最大のミッションなのです。 お身体に気を付けて、ガス抜きしながらお過ごしくださいね。
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よう
2024-04-02
私の夫も2022年7月末に腎臓癌がみつかり、オペは9月になりその時には癌もかなり大きくなり、摘出したのですが、肺の方に転移してしまっており、抗がん剤治療もなんども頑張って戦ってたのですが、どの薬も癌をやっつけてくれず、2023年11月なかばに、呼吸困難になり入院ー余命宣告あと2ヶ月と言われました。 単身赴任の夫は茨城県でその宣告を受けるまで、仕事もしてました。京都が地元なので、どうしても地元、私達の家に帰ってこれるよう病院と話し合い、病院もいちにちでも早くしないと帰れなくなりますっとおっしゃってたので、ジェットで帰るか、ヘリで帰るか…と話し合ってたのですが、本人の身体には介護タクシーの選択げ1番いいということで、段取りしていただき、12月半ばに京都に無事にかえってこれました。 主人は、生きたい思いで、食べたくなくても頑張って食べ、自分の足で歩き自分の事を頑張ってる姿など想い、私の想いなどがとてもこの倉田さんのをよませてもらい、重なる事が多くため息がでます。骨と皮しかない主人はそれでも私の夫とし、私を守ってくれてます。その日がくることを覚悟ができません。 でも、同じ想いの方がいることに、少しでも頑張らないととおもいました。