《食事や排泄介助も》Wink・鈴木早智子が介護職に従事して感じた“やりがい”と“限界”「無表情だった入居者様が笑うのがうれしかった」
コロナ禍の3年間、介護職に従事したアイドルデュオWinkの鈴木早智子さん(56歳)。実際にどんな仕事をしていたのか――。介護職の苦労やアイドル時代の経験が活きたエピソード、介護施設の選び方について語ってもらった。【全3回の第2回】
できるだけ寝たきりにならないように目を配っていた
――実際にどんな介護の仕事をしていたのでしょうか。
鈴木さん:いろいろありますが、主に排泄と食事です。食事はきざみ食、ミキサー食、流動食などを入居者様ごとに把握しておかなければいけません。排泄はトイレ介助とか、寝たきりの方の場合はおむつ交換とか。
3年目に勤務した特別養護老人ホームの場合は看取りもあって、何人かお見送りさせていただきました。私は日勤が多かったので、早番の方からの申し送りから始まり、朝礼があって、その週に行われる予定を言われるので記録して、入居者様のお薬の管理をして、排泄介助にまわって、朝食を片付けて、洗濯をして……。13人ぐらい担当していたのですが、手いっぱいでした。
――仕事中、意識していたことはありますか?
鈴木さん:気を付けていたのは、掴まりながら自力でトイレに行ける方は、その状態をできるだけ維持できるよう支援することです。たとえ失禁が多くなっても、トイレに行くことを諦めておむつにしてしまうと寝たきりになり、もうトイレに行けなくなってしまうんです。寝たきりになると急速に筋力が衰えて、健康状態にも影響します。
排泄関連もそうですが、入浴介助も大変でした。寝たきりの方はベッドのまま入浴できる寝台浴、立てない方には椅子のまま入浴できるチェア浴があるんですけど、お風呂に入れる職員は基本的に2人だけなんです。
時間も限られているので、1回で髪や全身などを全部洗いきれない時があります。その場合は日を分けて洗っていました。また、浴室は高温多湿なため、長時間作業していると、のぼせて自分が倒れそうになったこともありましたね。
アドリブのミュージカルで入居者を笑顔に
――介護職のやりがい、うれしかったこと教えてください。
鈴木さん:例えば、無表情だった入居者様が奇跡のように笑ってくれた瞬間とか、声を発することができなかった方が言葉になっていなくても頑張って話そうとしてくれた時とかですね。私はよくじゃんけんでコミュニケーションを取っていたのですが、今まで仲間に入らなかった方が積極的に輪に入ってくれたときもうれしかったです。
施設の入居者様は無表情な方が多いんです。やることがなかったり、そもそも元気な方ばかりではないので。けれど、話が噛み合わなくても、笑っていれば幸せな空間になる気がします。
だから私は、みんなが食堂に一瞬集まる時に、アドリブでミュージカルっぽく踊ったり歌ったりしていました。私自身も気分が明るくなりますし、周りも喜んでくれる。やっぱり、笑顔になってくれると私もうれしかったですね。
食堂で踊る人なんてほかにいませんから、「道化のように見られてもいいや」と開き直っていました。これは歌手である私だからできたことだと思います。入居者様たちの笑顔を見ていると、私も頑張ろうというエネルギーの源になりました。
自分が介護を受ける立場になったとしても、入居したくない施設もある
――介護施設に勤めて思うことを、改めて教えてください。
鈴木さん:もしご家族を施設に預けるとしても「入居したら介護士がいるから安心」というわけではありません。熱心な職員がほとんどですが、労働環境などの影響もあってか、残念ながら誰もがそうだとは限らないのが実状です。
私に介護が必要になった時、正直に言うと「入居したくない」という施設もありました。だから、まず施設の制度や環境を変えなければいけませんし、気持ちに寄り添える介護職員が増えてほしいです。
介護施設といっても、たくさんの種類がありますし、環境やサービスも違います。それに一緒に暮らすことになる入居者様や職員との相性もあるはずです。ご家族やご自身が入居するときは、「近いから」「条件に合うから」というだけで決めてしまわずに、複数の施設を見学して納得のいく場所を選ぶことが、後悔しないための秘訣だと思います。
◆歌手、タレント・鈴木早智子
すずき・さちこ/1969年2月22日、東京都生まれ。1988年に相田翔子とアイドルデュオ・Winkとしてデビュー。翌年『淋しい熱帯魚』で第31回日本レコード大賞を受賞するなど、アイドルとして一世を風靡した。1996年のWink活動休止後は、ソロシンガー、女優、タレントとして多方面で活動。2021年から3年間は介護職員として勤務。
撮影/小山志麻 取材・文/小山内麗香