兄がボケました~認知症と介護と老後と「第38回 透けるトイレ」
50代で若年性認知症を発症し、長年妹であるライターのツガエマナミコさんがサポートを続けてきた兄は、昨年夏に特別養護老人ホームに入所しました。入所後、週に1回面会に通うマナミコさんは、前回の面会では、大変ご機嫌斜めな兄の様子を目の当たりにし気持ちが落ち込んでしまい、兄の様子に一喜一憂する自分は兄に機嫌を取ってもらっていたのだと気づいたのです。そして、今週も面会に行ったマナミコさんが近況を綴ります。
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先週の兄が嘘のようでした
兄とわたくしの「国民健康保険資格確認書」が届きました。
「国民健康保険被保険者証」と表も裏も瓜二つで、パッと見では見分けがつかない紛らわしい代物でございます。
マイナンバーカードを作ったわたくしは、すぐにマイナ保険証に登録すべきでしたのに、もたもたしていたせいで無駄に届いてしまいました。せっかく送っていただいたのだから「資格確認書」を使うべきでしょうか。否、お国はマイナ保険証を登録することを望んでいらっしゃるでしょうね。マイナ保険証の普及率は未だ30%程度ですし……。
わたくしの友人の看護師はマイナポイントキャンペーン時に、いち早く保険証登録し、ゲットした2万円分のマイナポイントで(夫の分と合わせて)人気の電気圧力鍋を購入しておりましたっけ。お得な情報には裏がある…と思いこんで躊躇したわたくしですが、今思えば彼女の方が賢かった。まぁでも2万円分の税金を使わなかったと思えば、社会に貢献したと言えなくもないですわよね、オホホ。
兄は現状マイナンバーカードを作れないので、この「資格確認書」だけが頼りでございます。が、有効期限が切れたあとは、どうなるのでしょうか。再び送っていただけるものなのかどうか不明でございます。
さて、先週は怖い顔しか見られなかったので、「今日も怖い兄だったらどうしよう」とドキドキしながら兄の面会に行ってまいりました。
いつもの広間のテーブルにいてほしいと願ったのですが、兄の定位置はぽっかりと空いておりました。「ああ、今日も車イスに乗せてもらえなかったのか」と思いながらスタッフの方に挨拶をして、部屋を覗いてみると、やはり兄はベッドの上。車イスに乗っていても自力で動かせるわけではないので、寝たきりみたいなものですけれど、より病人っぽくなったように感じました。
でも先週と違ったのは「来たよ~」とわたくしが言うと「へへ」と笑ってくれたこと。その後も「プリン食べる?」と言うと「いいよ」と言い、手に触れると握ってくれて、歌を歌うとにっこりしてくれました。先週は紫色のあざが目立った指先もほとんどキレイに治って、爪も切らせてくれました。
嬉しかったので、ウェットティッシュで部屋の隅っこに溜まった埃も掃除してまいりました。ベッドと壁の狭間で屈んで掃除していると、背中をトントンとたたいて応援してくれたりして、終始なごやかな空気。先週の兄が嘘のようでございました。それが薬の効果なのだろうと思うとどこか寂しいですが、来週も穏やかな兄であることを願ってしまうツガエでございます。
ところで、「透けるトイレ」をご存じでしょうか。東京には変わった公共トイレがあるのでございます。
先日、仕事で代々木公園駅そばの小さな公園の中を通ったところ、ガラス張りの透け透けトイレがあったので、「これが噂のあれか!」と思い、興味本位で利用してまいりました。 通称「透けるトイレ」としてテレビで紹介されているのを見たことがあったのでございます。
中は通常トイレの倍以上広くて、床は白く、とても清潔。エアコンが入っていれば住めると思ったほど。カギをかけると透明なガラスが一瞬で不透明になって外が見えなくなりました。いったいどういう仕組みなのかと、あとで少し調べてみたところ、通電させることで透明になる特殊なガラスで、カギをかけると通電が解除され不透明になるそうな。でも若干の不安はあるので、実際に使うにはよほど切羽詰まるか、少々勇気が必要でございましょう。わたくしは何も考えず使ってしまいましたが……。
約束の時間まで間があったのでしばらく公園にいましたら、どこからともなく外国人の方がトイレに集まり、出たり入ったりしながら動画を回しておりました。ちょっとした観光スポットでございます。
2024年に観た映画「パーフェクトデイズ」の主人公、役所広司さま扮するトイレ清掃作業員がこのトイレを清掃していたことを思い出し、思わぬ聖地巡礼に幸運(ウン)を感じた次第でございます。トイレだけに…(?)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ