猫が母になつきません 第419話「おおやさんふたたび」
実は大家さんとのランチはすでに3度目。前回はフレンチでした。いつもランチなのでお手頃価格で美味しいものをいただけるのがうれしい。ふだん外食はほとんどしないのでこんな機会はありがたいかぎりです。お寿司なんてほんとにひさしぶりだし、まわらないお店だし、ちょっと緊張。でも大家さんが青魚が苦手という話をしているときに「あれも苦手…なんだったかしら?しゃこ?江戸前でよく出る…」「もしかして、小肌ですか?」「そうそう!」「しゃこと全然ちがいますね」と大笑い。
食後はお茶に行くことになりデパートの中のティールームへ。大家さんは「ケーキセットにしようかしら」。な、なんですと?お寿司のあとにケーキを食べるなんてまったくの想定外でした。でも大家さんの食欲と誘惑に負けて私もケーキセットを注文。店員さんがケーキの見本を持ってきてくれた時には大家さんはどれにするか迷って「これは何?これは?」とすべてのケーキの説明を聞いていました。適当に決めないところが偉い。私と大家さんは同じケーキを注文し、ポットの紅茶がなくなるまでおしゃべりをして、おのおの家路につきました。ほんとにおなかいっぱい。
この日、驚いたことがひとつありました。これまで大家さんの苗字しか存じあげなかったのですが、下の名前が母と同じだということがわかったのです。偶然…そう、ただの偶然なのですが。今の家は「猫が飼える、母の施設に近い、駐車場がある」という三つの条件を満たす物件が1件しか見つからず、築年数は56年でしたが細かいことは何も考えずに即決しました。でも住んでみると古いところが実家と同じでとても落ち着ける。ここから海を見ると、海が好きだった母がここに導いてくれて一緒にここからこの景色を見ているのかも、と思ったりして。大家さんは母より少し若いし、私のことを「歳の離れたお友達」だと思ってくださっているので母のかわりとは違うのですが…「やっぱりいるんだね」そう思いました。
大家さんは次のランチの計画をもう考えていて、私もまた一緒にごはんを食べておしゃべりできる日を待ち遠しく思っています。
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母と暮らすため地元に帰る。ゴミ屋敷を片付け、野良の母猫に託された猫二匹(わび♀、さび♀)も一緒に暮らしていたが、帰って12年目に母が亡くなる。猫も今はさびだけ。実家を売却後60年近く前に建てられた海が見える平屋に引越し、草ボーボーの庭を楽園に変えようと奮闘中(←賃貸なので制限あり)。