新田恵利さんが明かす母の介護と看取り「フルマラソンを走りきった充実感」後悔しない最期の迎え方
家族の希望を叶えるために力を尽くし、後悔のない最期を迎えられた事例はほかにもある。
愛知県の里村香さん(52才・仮名)の78才の父は大腸がんの転移が見つかり、緩和ケア病棟へ。結婚式を控えた里村さんの娘(27才)のウエディングドレス姿を見たいという父の希望を叶えるため、担当医に直談判して式場を病棟近くに変更した。看護師同行を条件に参列を認められた父は式場では酸素マスクを外し、車いすを使わず自力で歩行した。翌日に容体が急変し、昏睡状態になり3日後に亡くなったが、里村さんは満足している。
「無理が死期を早めたかもしれませんが、参列が許可されてからの生き生きした姿と、挙式の夜に満足そうな顔で眠りにつく姿を見届けたので悔いはありません。最後の親孝行ができたと思っています」(里村さん)
日本看取り士会会長の柴田久美子さんが語る。
「死を控えた本人の希望を、病気を理由に妨げることは避けてほしい。目標を持ち、そこに向かうことで人生の満足度は高くなります。仮に達成できなくても、本人も家族も挑戦したことに納得します」
二度と会えなくなってしまう前に、こじれた家族関係を編み直したい―そんな切実な思いで一歩を踏み出した女性もいる。
「余命幾ばくもない母と仲直りしないと、生涯悔いが残ります」
そう言って柴田さんのもとを訪れた50代女性は80代の母と疎遠だったが、病気で死期が迫ったことを知って関係改善を望み、柴田さんの立ち合いのもと、覚悟を決めて病室を訪れた。
衰弱した母はにこやかに受け入れたが、娘は母に近づくことに抵抗を感じた。だが何度も訪問を繰り返すうちに距離が縮まり、最期は娘の膝枕で母は旅立った。
「過去にわだかまりがあっても、頻度を増やすことで心の距離は近づきます。おかげでお母さんは笑顔で旅立ち、娘さんも悔いを残すことなく見送ることができました」(柴田さん)
しかし、最も近しい関係であるからこそ迫り来る死を前にしてどう接するべきなのか、何と言葉をかけたらいいのかとちゅうちょした結果、悔恨や思い残しが生じることもある。
「ありがとう」感謝言葉がいちばんの薬
そんなときにお互いの心を落ち着かせ、死と向き合うことができるマジックワードが「ありがとう」だ。
がん患者専門の在宅緩和ケア医として2000人以上を看取った萬田診療所院長の萬田緑平さんが語る。
「がんの終末期になると、多くの家族は“ありがとうなどと声をかけたら、亡くなることを認めるみたいでかわいそう”とためらいます。しかし、実際は感謝を伝えることで末期患者は自らの病気を受け入れて“いい人生だった”と思うことができる。その経験を経て、患者は残された時間を家族と一緒に笑顔で過ごせるのです」
家族から「ありがとう」と告げられた末期患者の多くはこんな言葉を口にする。「気持ちがうんと楽になった」「これで人生悔いなしだ」「こちらこそ、これまでありがとう」――。
萬田さんの知る末期患者は家族に「ありがとう」と言われて幸せな気持ちになり、自らの葬儀用に「皆さまに励まされ最期は最高に幸せに逝くことができました。ありがとう、バイバイ」というビデオを撮影したという。
そうした患者は少なくないと萬田さんは強調する。
「末期患者にとって“ありがとう”という言葉はいちばんの薬です。だから、生きている間に惜しみなく感謝を伝えてほしい。そう伝えることで患者が幸せになれば、家族も満ち足りた気持ちになれるんです」
新田恵利さん、大切なのは「本人ファースト」
悔いのない最期を迎えるには、そこに至る日々をいかに過ごすかも肝要になる。
「まず本人が何を望んでいるかを知り、それに沿って対策を考える。さらに家族がジレンマを迫られたら、“ひとりで決めず、1回で決めず、専門家の言いなりにならない”ことが大切です。本人が最も喜ぶことは何か、家族で繰り返し話し合って決定すると後悔が少なくなります」(めぐみ在宅クリニック院長の小澤竹俊さん)
新田も死をタブー視することなく、親が元気なときに話し合っておくことが必要だと語る。
「死期が迫ってから話し始めるのは生々しくなってしまうと思うので、親が還暦を過ぎた頃から少しずつ話題にすればいい。生まれて死ぬことは人間の摂理です。だから、死を特別視せず誰にでも訪れるものとして受け止め、できるだけフランクに話ができることが望ましいですね」
萬田さんは末期患者に「ありがとう」と伝える大切さを語ったが、できれば親が元気なうちから家族が感謝を伝え合うことを習慣にしておきたい。特に介護中は「ありがとう」が親子関係の潤滑油となる。
「家族の中で感謝を伝えることは、今際の際に後悔しないためにも重要です。もちろん感謝されるために介護するわけではないですが、“ありがとう”と一言あるだけで張り合いが出てイライラが解消されます」(新田)
もしものときにどのような医療やケアを望むのか前もって考え、家族や医療者らと共有することを「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」と呼ぶ。親は元気なうちに自分が望む最期について子に伝えてACPを進めておくと、万が一の際に子はスムーズな選択ができ、ジレンマに陥らず、悔いが残らない最期を迎えやすくなる。
その際、何より大切なのは「本人ファースト」を貫くことだ。母が酸素吸入や骨粗しょう症の薬を嫌がったとき、「これはもう仕方ない」と好きにさせたという新田が語る。
「介護や医療の主役はあくまで本人。母は好き勝手に生きることができて、本当に幸せだったと思います。親孝行な娘と息子がいて、よかったねって(笑い)」
他方で避けたいのは家族が親の足を引っ張ることだ。
「“本人は聞きたくないはずだから”と病名や余命を隠す家族がいますが、それは家族が勝手に忖度しているのかもしれません。最期の時において大切なのは、あくまで本人がどう生きたいか。人は誰しも絶対に死ぬのだから、嘘をつかず真実を伝えて、本人が自らの最期を主導すべきです。その姿を家族が死ぬ瞬間まで支えられれば、誰も後悔なんてしないはずです」(萬田さん)
愛憎はあれど、死を間近にした人は家族の顔を思い浮かべ、強い感情を抱く。
その思いに応えるためにも家族が本人の生き方を尊重し、感謝とともに見守り、支えることが、悔いのない最期につながるはずだ。
この世を去るまで幸せに生きるために覚えておきたい7つのルール
【1】自分で自分を否定しないこと
【2】いくつになっても、新しい一歩を踏み出すこと
【3】家族や大切な人に、心からの感謝を示すこと
【4】一期一会の出会いに感謝すること
【5】いま、この瞬間を楽しむこと
【6】大切なものを他人にゆだねる勇気と覚悟を持つこと
【7】今日一日を大切に過ごすこと
※出典/小澤竹俊さん著書『「死ぬとき幸福な人」に共通する7つのこと』
文/池田道大 取材/進藤大郎、清水芽々、平田淳、三好洋輝 写真/新田恵利さん提供、ピクスタ
※女性セブン2024年2月29・3月7日号
https://josei7.com/