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暮らし

認知症グループホームで出会った2人の女性の友情物語「介護職員には何ができたのか?」現役介護職員で作家の畑江ちか子さんが綴る奮闘記

 認知症グループホームで働いて4年目、「入居者とそのご家族、職員の心を繋ぐ介護をしたい」と奮闘する作家で現役介護職員の畑江ちか子さん。施設で親友になったという2人の女性入居者のエピソードから紐解く、入居者同士の人間関係とその後の心のケアについて綴ってくれた。

執筆者/作家・畑江ちか子さん

1990年生まれ。大好きだった祖父が認知症を患いグループホームに入所、看取りまでお世話になった経験から介護業界に興味を抱き、転職。介護職員として働きながら書きためたエピソードが編集者の目にとまり、書籍『気がつけば認知症介護の沼にいた もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(古書みつけ)を出版。趣味は乙女ゲーム。

※記事中の人物は仮名。実例を元に一部設定を変更しています。

物静かな87才女性「昔は散々遊んだわ」

「孤独と認知症には密接な関係がある」

 これは、私が介護職として働きだす前に受講していた、介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)の講義で習ったことです。

 当時の私は、教室の中で「そういうものか」と理解をしました。学んだことが私の中で「こういうことか」と実感へ変わったときのことを書こうと思います。

 昨年の春ごろ、私が働くフロアに浜崎ユリ子さんという女性が入所されました。年齢は87才。入所当時、認知症は軽度でした。

 昔はネジ工場で働く傍ら、夜はキャバレーに出勤するという、パワフルなノンストップ・ワーカーだったそうです。彼女はよく、施設の裏手にある喫煙所でメビウスのロングを吸いながら、こんなふうに言っていました。

「私はもう散々遊んだし、好きなこともやり尽くした。お姉さんもね、若い時にイイ男と遊んで、お酒の失敗もそれなりに経験しておいたほうがいいよ」

 おいしそうに煙を吸い込む浜崎さんに、私は「そんなに働いて遊んで、いったいいつ寝てたんですか?」と質問をしました。

 すると彼女は「わかってないね」というような顔をして「寝るのを惜しんでちゃダメ」と煙を吐き出しました。

 利用者の喫煙を見守る職員ではなく、「まるでバーのママに人生相談を聞いてもらっているようだ」と、私は何度も思ったものでした。

 そんな浜崎さんは、リビングではとても静かでした。なぜかというと、他の利用者とは話が合わず、おしゃべりを楽しめる人がいなかったようなのです。

新たな入居者と友情が芽生え始めて

 その後、グループホームに新たにある女性が入所されました。名前は古川トモエさん。軽度認知症の76才の女性です。どこか不安げな表情でリビングを見回す彼女に、真っ先に話しかけたのは浜崎さんでした。

「ここはね、そんな悪いところじゃないけどご飯の味が薄いの。飲み物はお茶ばっかりだしね」

 食事の味付けが薄いのは、みなさんの健康面的にしかたがないところもあるんだよ、でもごめんなさいねと思いながら聞き耳を立てていると、古川さんが返事をしました。

「そうなの? 味の素とかソースはないわけ?」

「ないよ、そんなもん。あたしの部屋にお煎餅かなんかあった気がするからさ、ちょっとおいでよ」

 浜崎さんはそう言って、古川さんをご自身の居室に案内しました。

 もちろん、食べ物や飲み物は、ご家族様からの差し入れであったとしても施設側が管理しているため、個々の居室に保管しておくことは基本的にはありません。

「あれ? ないな~、おかしいな。どこいっちゃったんだろう」

 古川さんをベッドに座らせて、タンスの中をごそごそしている浜崎さん。その心遣いを微笑ましく思いながらそっと見守っていると、突然彼女がこちらを向いてこう言いました。

「あっ、お姉さん! 私のお煎餅食べちゃったでしょ! この人にあげようと思ったのに!!」

 えっ!? と私は思わず声が出てしまいました。

「煎餅よこせ!」

 浜崎さんがこちらへ向かってきます。ですが、その顔は笑っていました。

「食べてないですってば! 娘さんからの差し入れは、あとでおやつの時間に…」

「煎餅! 煎餅!」

 詰め寄って来る浜崎さんの背後に、古川さんが近づいてくるのが見えました。そしてまた彼女も「煎餅が食べたーい!」と煎餅コールに参加しはじめたのです。

女友達どうしの会話に加わりたい!

 浜崎さんと古川さんは、急速に仲良しになりました。

 基本的にはどこへ行くのも一緒。食事の席も隣。お互いの部屋に相手を招き合い、2人でベッドに腰かけながらラジオを聞いているときもありました。

 年齢は11才差でしたが、「きっと職員と話しているよりも楽しいんだろうな」と思うと、うらやましくもあり、女友達の会話にちょっと混ざりたいな、そんな気持ちも抱いてしまうほど。けれど、2人の楽しい時間を邪魔してはいけないと思い、グッとこらえました。それくらい浜崎さんと古川さんは楽しそうで、お互いを気にし合う仲だったのです。

 しかし、そんな日々は長くは続きませんでした。

大切な親友がある日突然…

 入所から約2か月、古川さんが脳梗塞で倒れてしまったのです。

 救急搬送されていく古川さんのことを、浜崎さんは呆然と見つめていました。ふらふらとストレッチャーに近づこうとした彼女を職員が制すると、小さく肩が震えていました。

 その日、浜崎さんは居室から出て来ませんでした。おやつも、夕飯もいらないと言い、トイレのときだけさっと出てきて、あとはずっとベッドに横になっていました。

 親友が不在となった浜崎さんは、目に見えて様子が変わっていきました。いつも完食していた食事を3割ほど残すようになり、表情もすっかり暗くなってしまいました。

 職員が「一服いきます?」と誘ってみても「行く」と言うのは3回に1回ほど。喫煙中に職員が「お酒に強くなる秘訣ってあります?」と質問してみても「んー」と生返事。

 そのうち「タバコはもういいや」と言うようになり、やがて喫煙の習慣もなくなりました。徐々に失禁が増え、布パンツからリハビリパンツを使用するようになり、ラジオの使い方もわからなくなっていきました。

 認知症の進行、そのあまりのスピードに、有効なケアを見つけるのが追い付かないこともありました。ですが、職員の対応やケアでどうにかなる問題だったのだろうか、とも思います。

 私は認知症ではないし、高齢者でもありません。いつもケアをさせていただいている入居者のみなさんに比べたら人生経験もないし、体験した感情も少ないはずです。つまり、彼、彼女たちの気持ちや境遇に対し、心から頷くことはできない…。

 けれど、直感的に「私も浜崎さんと同じ?立場だったら、きっとそうなるだろうな」と思いました。

 約1か月して、古川さんが施設に戻ってくることになりました。リハビリをされたそうですが、体の左側に若干の麻痺が残り、車椅子でのお帰りでした。

「お姉さん、久しぶり。浜崎のおばあさんは元気?」

 古川さんの言葉に、私は何と返事をしたらいいのか言葉に詰まりました。相変わらずですよ、と言いたいところが、そうではない。体は元気だが、心は元気じゃない。

 そうこうしているうちに、2人が再会するときがやってきました。

古川さん「元気だった?」

浜崎さん「あら、どうも」

 その挨拶はあっさりとしたものでした。浜崎さんは、明らかに古川さんにピンと来ていない様子でした。

古川さん「車椅子になっちゃったよ、やだねぇホント」

浜崎さん「そうだよ、三つ子なんて産んだらお金がかかってしょうがないんだから」

 会話が嚙み合わないことに、一瞬「ん?」という顔をする古川さん。浜崎さんがトイレに立った後、彼女は私に向かって「浜崎のおばあさん、ずいぶんボケちゃったね…」と、心配そうな、さみしそうな表情で言いました。

 配偶者を亡くしたとき、親しい友人や親戚と縁が切れたとき、仕事を定年退職して社会的な関わりがグッと減ったときなど、認知症が発症・進行するケースは非常に多いとされています。

 私の頭の中には、初任者研修の教室で聞いた講師の声が響いていました。――孤独と認知症には密接な関係があるのだと。

その後の2人の友情は?

 認知症が進んでしまった浜崎さんでしたが、古川さんとはその後も変わらず仲良しでした。というのも、古川さんが浜崎さんのことをいつも気にかけていたからです。

「元気?」と簡潔で返事のしやすい言葉をかける、目が合えばにっこり笑って手を振るなど非言語コミュニケーションを取り入れる。呼ばれていなくても、部屋に遊びに行ってみる。まるで介護職のようなやり方で、古川さんは浜崎さんに関わり続けました。

 けれど、浜崎さんの認知症はやはり進行していきました。古川さんはそんな彼女と関わるたび「こないだご飯を食べさせてもらえないって言ってたから、そんなわけないでしょって言ってやったんだ」「風呂も入れてもらえないって言うんだよ、だから昨日入ったでしょ、って説明しといたよ」と、私たちに色々なことを報告してきてくれました。

 その語気には毎回「やれやれ…」といった調子が聞き取れますが、彼女は最後に必ず言う結びの言葉があります。

「けどさ、私がここ来たとき、一番に話しかけてくれたのはあの人だからさ。元気でいてくれたら、それでいいんだわ」

職員は友達の代わりにはなれない

 彼女たちの一件について、職員の間にある共通の見解が生まれました。

 それは「どれだけ最善を尽くしても、職員は古川さんという唯一無二の友達の代わりにはなれなかった」ということ。親、友人、恋人。自分にとっての大切な人に置き換え考えてみると、当たり前の話です。

「介護職の敗北」と表現した職員もいましたが、その言葉を悔しく思う反面、そりゃ負けるでしょ、と白旗を振っている自分もいます。

 私たちにできること――それは、2人ができるだけ長く、楽しい時間を過ごせるように、全力で環境を整えていくこと。これが、今後に向けての会議で決まったことでした。

畑江のつぶやき

畑江のつぶやき

施設内でも友情は育まれる。我々職員はそっと見守ることしかできないけれど

イラスト/たばやん。

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