兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第58回 上手く笑えない」
家族、それも妹として幼い頃からずっと頼りにしてきた兄が認知症になったら…。4才年上の兄と2人暮らしをするライターのツガエマナミコさんが、兄への想い、自分の人生のことなど、その複雑な胸中を赤裸々に綴る連載エッセイ。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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幸せホルモンの上手な出し方
口を開けば愚痴になり、同じ自問自答をぐるぐる繰り返しているツガエでございます。
先日、とある媒体で「辛いときこそ笑え」という内容の原稿を書かせていただきました。もちろん然るべき資料を読んで書くわけなので、わたくしの体験から来たものではございません。
資料によると脳は意外と単純なので、口角を上げるだけでも“幸せホルモン”的なものを分泌するそうでございます。幸せホルモンが出ると心身がリラックスして、悪い方へ暗い方へと向かってしまう気持ちを緩めてくださるとか。
というわけで、人並みに辛い身の上であり、原稿を書いた責任もあるので実践が必要だと思い、最近「口角上げ」を始めました。
「口角を上げるだけならオチャノコサイサイ」と鏡に向かってやってみると、これがなかなか厳しかったのでご報告したくなりました。
口角がキレイに上がった笑顔を思い描き、鏡の前で「ニーッ」っと思いっ切り口角アップを試みたのですが、自分が思っているほど上がりません。あれれ?頑張っても頑張っても横に広がるばかり。ビックリを通り越し大変焦ったのでございます。
歳をとったせいもあるのでしょうが、頬っぺたが重いというか硬いというのか。そのうちに頬っぺたが痛くなってきて、頬を持ち上げるための筋肉が極端に衰えているのだと気付きました。と同時にいかに自分が長い時間、重力に逆らわず仏頂面で暮らしているかを思い知らされ、笑顔がちゃんと笑顔であるためには日頃の鍛錬が必要なのだと学習いたしました。
ただでさえ、家の中で楽しいことがないのに、不要不急の外出自粛となって以来、お友達とのお食事会は一切なし。楽しく笑う機会がないままに笑顔の筋肉もなくしてしまったようです。
「どうしよう、上手く笑えない」
こうなると“幸せホルモン”が出る出ないの問題ではなく、是が非でも口角を上げたくなるものです。
朝一番で鏡を見るとき、原稿で煮詰まったとき、掃除をしているとき、料理をしているとき、いつでも気付いたときには意味もなく口角を上げるようにしています。笑うのではなく、口角を上げるだけなのでちょっと不気味です。足りない分は手でググっと持ち上げて「ここまで来い!」と頬筋に言い聞かせております。
認知症について書かれた本によると、認知症になると怒りや悲しみ、恐怖などの表情は読み取りにくくなるものの、喜びの表情だけは読み取れる率が高いそうです。
つまり、周りが笑っていれば認知症の人もつられて笑い、笑ってくれた顔を見れば介護者も嬉しいという相乗効果が生まれるとのこと。思えば、認知症の母を看てくれた訪問看護師さんは、玄関のインターホンの段階から、いつもとびっきりの笑顔でした。あっけらかんとした茶目っ気のある笑顔は母だけでなく、わたくしも笑顔にしてくれましたっけ…。
わたくしの口角上げの顔は不気味なので、兄を逆に不安にさせるかもしれませんが、いつかこの頬筋トレが実を結び、幸せホルモンがあふれ出してくれることを期待して、しばらくは精進して参ります。
つづく…(次回は9月17日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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