兄がボケました~認知症と介護と老後と「 第25回 祖父母の家がゴミ屋敷に!」
長年、認知症の兄のサポートを続けてきたライターのツガエマナミコさん。先日、叔父叔母の家に行ったら、そこが大変な状況になっていたのです。兄は施設に入所し、ひと段落したと思った矢先、また心配事が増えてしまったようです。
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「ご飯、ちゃんと食べてる?」
5月は二十四節気でいうところの立夏。近頃は春秋が短くなり、四季ならぬ二季に近づいているとも言われます。四季折々を楽しめるのも今のうちかと、景色にしても食べ物にしても慈しんでいこうと思うこのごろでございます。
先日は春キャベツが150円(税別)で売られていたので一玉買ったところでございます。まずは千切りで数枚食べ、そして野菜炒めや焼きそばの具として使い、小さくなってきたところで四つ切りにして煮込みスープ。だいたい10日ほどですべてお腹に入る予定でございます。そう言うと毎日きちんとおかずを作っているかのように聞こえますが、こんなのはキャベツを一玉買った時ぐらいですからご安心ください。
一人暮らし暮らしで「毎日一汁三菜作って食べてます」などと言おうものなら変人扱いされること間違いございません。それが証拠に、友人と会うと毎回のように訊かれるのが「ご飯ちゃんと作ってる?」でございます。おそらく作ってないだろうことを想定しての質問であり、ご期待通り「あんまり作らなくなった」とお答えすると「一人だとそうなるよね」と安堵したような相槌を打ち、声には出さずとも「いいな一人は」という空気になるのがお決まりのくだりとなっております。
それが友人だけかと思っておりましたら、先日、母方の叔父夫婦(82歳と88歳)のところに顔を出したときも、叔母から「ご飯はちゃんと作るの?」と訊かれ、これは一人暮らしの人に対する社交辞令というのか、通過儀礼というのか、訊くことが約束されている定型文なのかもしれないと思い至りました。「もう全然しない。だって一人だから(エッヘン)」とお返事すると「そうよね、今は冷凍食品だっておいしいし、お弁当の方が安かったりするものね」と賛同してくださり、「これまで大変だったんだからラクしなきゃ」とわたくしを労いつつも、やはり「一人はいいわね」感を漂わせておりました。
叔母は今、叔父に手を焼いております。娘たち(わたくしから見て従妹)は2人とも独立し、ここ数年は叔父と叔母の2人暮らし。叔父は年相応に認知症を患っており、ときどき叔母のこともわからないのだとか……。
お邪魔した際も、わたくしが姪だとはわかっておりませんでした。「こんにちは~」というと「ああ、どうも、ごくろうさまです」とお辞儀をし、にこやかな笑みをたたえ、わかっているようにも、わかっていないようにも取れる絶妙なラインを醸し出しておりました。風貌はアインシュタイン。アッカンベーと舌を出したあの写真の人物のようにボサボサの白髪をしておりました。
この叔父が物を捨てるのを嫌って、家の中が大変だと叔母が愚痴りはじめたのはもう10年ぐらい前のことでございます。その当時に来訪したときは、まだ新聞紙が部屋の隅に溜まっているくらいでしたが、先日行ってみましたところ、1階の寝食する部屋以外は足の踏み場もない立派なゴミ屋敷になっておりました。
階段の右半分はすべて新聞紙が置かれ、極狭階段になっており、廊下も何が入っているのかわからない紙袋が山積み。大阪の製薬会社に勤めていた叔父は書物や資料の類も多く、2階は手のつけようもない状態になっておりました。「片付けようとすると怒るからどうしようもないの」と叔母もすっかり諦めた様子でございました。
人生も晩年でございます。まともな叔母がもっときれいに住まいたいだろうことは誰が考えても明らか。ストレスで潰れないか心配になります。
しかし、叔父は見たところ元気で、動物のなまけもののようにゆっくりと動き、物静かですが、わたくしが2階に上がれば、ついてきて勝手に片づけないかさりげなく見張るありさま。ただ、出された昼食はしっかり食べ、わたくしの手土産のイチゴやアイスクリーム、叔母が用意してくれたケーキまで平らげておりました。やはりたくさん食べてくれるとそれだけで安心いたします。叔父はまだ一人でトイレにも行け、紙パンツも履いていないとのこと。徘徊の常習犯ではありますが、まだ住所が言えるのでなんとか帰ってくるそうでございます。
そこはもともと祖父母の家で、叔父からすると実家でございますから記憶が残っているのでございましょう。かつては、毎年お正月に親戚で集まった祖父母の家の変わりようは悲しいことでございますが、築77年だそうで、ガタつきもひどく、家として住めるのもそう長くはないとのこと。そう思えば愛おしいゴミ屋敷。これからはときどき叔母の気晴らし相手になりに行こうと思ったツガエでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ