猫が母になつきません 第375話「民間救急」
整形外科から新しい施設への移動の日、「じゃ、行こうか」と母は気軽に言いましたが、実際は「じゃ」みたいな簡単なことではありませんでした。術後の母に負担が少なく移送するにはどうすればいいのか? ずっとクルマ移動だと振動がつらそうなのでクルマの時間をできるだけ短縮してクルマ→新幹線→クルマを利用しストレッチャーで寝たまま移動することに決めました。それぞれの移動時間はすべて1時間以内です。依頼したのは《民間救急》。緊急性の低い人の入退院や通院、転院、社会福祉施設への送迎時などの移動手段を提供している事業者で、正式には《民間患者等搬送事業》といいます。
最初に病院に近い民間救急の事業者に連絡して移送の行程と母の状態、移送の希望日などを伝えました。なんとあとは民間救急のほうですべてコーディネートしてくれました。看護師さんの手配、新幹線のチケット、多目的室の手配、施設に近い民間救急の手配まですべてです。これはほんとうにありがたかった。民間の事業者なのでもちろん有料ですが、プロにお願いすることの心強さと安心感、楽さには代えがたいものがありました。
当日、迎えに来てもらって病院のベッドからストレッチャーに移りそのまま車両へ。民間救急の車両は消防の救急車と見た目はほとんど同じですが赤い警告灯は塗りつぶされていて使えず、サイレンも鳴らしません。母は寝たまま最寄りの新幹線駅へ。駅では荷捌き場の入り口でJRの職員さんが待っていてくれて、貨物用の通路を通って新幹線のホームに上がりました。新幹線にもストレッチャーのまま乗り込み、多目的室*という個室へ。座席をつなげるとベッドになり、大人一人が横になれる程度の広さがあります。さすがに3人がこの部屋に入ると狭いので、私は近くの指定席に座りました。目的の駅にはあっという間に到着、ホームで待っていた別チームの民間救急のストレッチャーに移り車両で施設まで移動。看護師さんは整形外科から施設までずっとついてきてくれて、ひとりでまた新幹線に乗って帰って行きました。施設に到着してからすぐに施設内の病院で診察や検査などがあってバタバタしていてちゃんとお礼を言えなかったので心残りがあります。移動中いろいろ話しかけてくださって緊張がほぐれました。ありがとうございました。
母はと言えば、多目的室ではよく寝ていたそうで、施設に向かう車両の中では水分補給のために用意していたマスカット味のゼリー飲料を飲み干し「美味しかったー」と。ひさしぶりに新幹線に乗っての大移動、家ではないにしても地元に帰ってきたということはわかったようで笑顔が見られました。久しぶりの本当の笑顔でした。
※新幹線の多目的室は身体の不自由な方や、歩行困難な方が優先して利用できる個室です。身体の不自由な方の利用がない場合には、小さな子供連れの方の授乳や健常者の着替え、体調不良の場合などにも利用できます。多目的室は通常は施錠されています。勝手に利用することはできません。利用を希望する場合は、車掌に申し出れば解錠してもらえます。
【関連の回】
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。