連載

猫が母になつきません 第373話「精神科ふたたび」

 

 整形外科で2度めの手術をしてから8日後、母は精神科の病院に戻ることになりました。整形外科に迎えにいくとさらにげっそり痩せていて顔色が悪い。表情もうつろで目が死んでいます。ミイラのようです。私がそばで声をかけても反応薄。介護タクシーで精神科に戻り、診察を待っている間もずっと話しかけていたらだんだんと目に光が戻ってきました。おかしくもないのに笑ってみせると母も笑いました。診察の時、担当医に「施設を移る予定で、薬も減らしていきたい。離脱症状*が心配なので移る前に減薬を始めてもらえないか」と頼むと「他の患者さんの迷惑になるから減らせるかどうかわからない。一応ご家族の希望として聞いてはおきますけど」。「迷惑」という言葉を何度も聞いてきました。もはや薬は母のためのものですらない。私はなにか訴えようとしましたが涙で声が詰まってしまい、絞り出した言葉は「早く連れて帰りたい」でした。そばでストレッチャーに寝ていた母が起きあがろうとしました。医師は「ほら、こんなふうに勝手に動く」。母が体を起こそうとしたのは私が泣いていたからかもしれないし、背中が痛かったからかもしれません。整形外科からの移動と精神科の診察の待ち時間を合わせると、もう何時間も硬いストレッチャーの上に同じ姿勢で寝かされていました。

 転院から3日後、面会に行ってくれた幼馴染から母が「脚が痛い」と言っていたという連絡がありました。担当看護師の人に電話をして医師に診てもらえるようにお願いすると、手術したばかりの右の人工関節が脱臼していました。また整形外科に逆戻りです。医師が脚を引っ張って関節をもとの位置に戻そうとしましたがうまくいかず、結局再手術になりました。脱臼してから1日〜2日経ってしまうと戻りにくくなってしまうそうです。たぶん精神科に戻ってすぐに脱臼していたのでしょう。「病院だからといっても精神科のスタッフが整形外科のことがわかっているわけではない」という知り合いの整形外科医の言葉と同時におむつ交換の時のシーンが思い出されました。

 手術が終わったのは夜遅くで家に帰れる電車がなくなっていました。翌日、施設を3軒見る予約をしていたのでその日は幼馴染の家に泊めてもらい、翌朝早い電車で家に戻ることにしました。今回の入院では脱臼予防のためのプロテクターを作ることになっていて、すくなくともそれが納品されるまでは整形外科に入院しています。10日か、2週間か…とにかくその間に施設を探そうと思いました。入所から177日が経っていました。

*離脱症状:薬(ここでは抗精神病薬・ベンゾジアゼピン受容体作動薬)を長く服用し続けることで、その薬を服用したいと強く感じる気持ちが見られることがあり、これを精神依存と呼びます。また、同じように長く服用し続けることで、もともと得られていた効果が弱くなり(耐性と言います)、同じような効果を得るために薬の量が増えたり、薬の服用量を減らしたときや、中止したときに、不快な症状(離脱症状と言います)を生じることがあり、これらを身体依存と呼びます。
・このような依存の状態となると、薬を減量・中止しにくくなることがあります。
・依存を予防するためには、必要以上に長く服用し続けることを避ける必要がありますので、主治医とよく相談してください」
https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1j28.pdf 重篤副作用疾患別対応マニュアル-厚生労働省「ベンゾジアゼピン受容体作動薬の治療依存」より抜粋)

「重篤副作用疾患別対応マニュアル」も参照してください

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/topics/tp061122-1.html

【関連の回】

第367話「ふおん_その1」

第368話「ふおん_その2」

第369話「ふおん_その3」

第370話「左大腿骨骨折」

第371話「精神科」

第372話「右大腿部骨折」

作者プロフィール

nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。

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この記事へのみんなのコメント

  • あまりのことに思わず言葉を失いました。 自分達で薬漬けにしておいて、怪我まで負わせておいて。なんて言い草でしょう。なんの医療でしょう。 看護師さんたちは不安がっておられたとのこと。この医者が金づるとしか思っていなかったということでしょうね。 今は環境が変わられているとわかっていても、読んているこちらも泣きたくなりました。ぬらりんさんの心痛や如何に。 また明るいお母様になられることを、心の底からお祈り申し上げております。

  • しおん

    世の中は年齢は多様だけれど面倒を「みる側」と「みてもらう側」だったのですね。教師と生徒も、弁護士と依頼人も、レストランの人とお客も。他の人の苦労を勝手に我慢してくる人に、我慢なりません(泣)

  • ゆず

    そもそも、骨折してたった8日で整形外科を退院させること自体が やってはいけないことです。 無理して精神科へ転院させて、3日後に脱臼で再手術なんて お母様がかわいそう。 痛かったでしょうね。 でも、ぬらりんさんの早い決断で、新しい施設に入所できて いまは、穏やかに暮らしていて、本当に良かったです。 お母様、奇跡の復活応援してますよ~ 頑張ってくださいね!

  • しろねこ

    「ほら、こんなふうに勝手に動く」って。。。怒(ぬらりんさんが書かれているようにきちんと理由があっての反応と感じます)。薬の影響で状況や体調悪化している患者さん側に負担させるのではなく、病院サイドで調整する事でしょ。 『他の患者さんの迷惑』というより、要するに自分達病院スタッフの手間がかかるからだと思います。手がかかると他の患者さんに目がいかなくなるとか、自分達の中では正しい行いだと正当化しているのかもしれませんが、非人道的行為だと思います。 薬の効果より副作用が勝って、明らかに健康や精神面に悪影響が出てまで頑なに実行する事ではないですよ。家族も訴えていて(他の施設に移る予定があるからと具体的な理由も示しているのに)、この現状を目の前にして、『減薬(対応)出来るかわからない』なんて、感覚が麻痺していて医師や看護に携わる人間が一番超えてはいけない非人道的行為のラインを超えている自覚がないのでしょう。 この医師とか病院とか、状況やヒトの話が理解出来ないロボットみたいと思いました(ロボットのほうがある意味優秀かも)。 少し前に腰や大腿部を痛めた90歳近い父をみていても実感していますが、人間の体は意外と頑丈です。心もですが、時間や手間がかかっても、少しずつ少しずつ、回復していく可能性は十分あると思います。遠い地より、ぬらりん様の健康とお母様の回復を日々勝手に、気まぐれに、祈り続けます。

  • ほたて

    おはようございます。 お母様の現在のご様子が気になります。 それにしても一体誰のための、何のための医療なんでしょうね。本当に病院の対応には腹が立ちます。 本人からしたら動こうとするのは当たり前じゃないですか。 認知症という病気が心から憎いと思います。 うちの母は最近夏の疲れが出てきたのか、日中でもウトウトすることが増えてきました。栄養水分摂取に気をつけて頑張ってお世話しています。

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