猫が母になつきません 第363話「はなさない」
ずっと持ち歩いているのです。食堂での食事のときも、デイサービスのレクリエーションに参加しているときも、ずっと。母は家にいるときからかばんには固執していて、大事だからと隠しておいて自分が隠したことも隠した場所も忘れてしまうことがしょっちゅうでした。施設にいることは母にとってはずっと外出状態なので、かばんを肌身離さず持っていないと不用心じゃないか、という本人からしたらしごくまっとうな行為なのです。かばんに入っているのはノート、ペンケース、ハンカチなど。財布には三千円しか入れていません。自分の部屋に鍵をかけることはできるので施設の人が母に鍵を持たせてくれたのですが、母はそれでもまったく安心できない。不安にかられ必要以上に物事にこだわってしまう《強迫性障害》といわれるものです。強迫性障害自体は若者から高齢者まで様々な年代で発病しますが、記憶に自信がなくなる高齢者の認知症の初期症状としてもよくあるそう。だから母はかばんだけでなく「鍵」にも強いこだわりをみせます。家でもあらゆる扉に鍵をつけたがり、鍵のかかるタンスに大事なものをよく入れていました。その鍵もしょっちゅう失くしていましたが…。なので鍵をかけられる小型のロッカーを金庫がわりに買って母の部屋のクローゼットの中に置くことにしました。「大事なかばんはこの金庫に入れようね。持ち歩いているとどこかに忘ちゃうから」と言い聞かせてさっそく中にかばんを入れ、施錠を練習してその鍵を部屋の鍵のキーホルダーに加えて母に渡しました。「なんとかこれで安心して、かばんを手離してくれますように」と願いながら施設をあとにした翌日、施設から受けた連絡は「お母様が金庫を持ち歩かれてます」(ノ_・。)
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作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。