「認知症で迷子の母を送ってくれた」ほか3つの実話に学ぶ温かい手の差し伸べ方
コロナ禍で人との触れ合いがなくなり、「自分さえよければいい」などと考える人が増えたかもしれない。しかし、私たちは知っています。街で、電車で、旅先で…思わぬ事態に見舞われたそのとき、手を差し伸べてくれたのは見知らぬ他人だったことを──あの日言えなかった「ありがとう」をいまここで伝えます。
母とともに思い出まで運んでくれた人
「私が認知症の母の介護で帰省していたときのことです」とは、埼玉県の主婦・山本美津子さん(67才・仮名)だ。
ある日、家にいたはずの母親(当時92才)がこつ然と姿を消した――。
「近所を捜し回ったのですが、見つからず…。自宅に戻っているかもしれないと、一度家に帰ったんです」
すると、自宅前には、男性に手を引かれている母親の姿が。不審者かと思った山本さんは、思わず、
「母に近づかないで!」
と叫び、男性の手を振り払ったという。しかし、その男性はやさしく笑って山本さんにこう言った。
「迷子札を見てお母さまをお連れしました。○○公園の、いちょうの木の下のベンチに座っていたんですよ」
それを聞いた山本さんは息をのんだ。その公園は、山本さんが幼い頃によく母と散歩に出かけた思い出の場所なのだ。男性は続けた。
「お母さまが“おてんばな娘がいて、この前もこの木に登って落ちそうになったんですよ”っておっしゃっていましたよ」
それは山本さんが子供の頃の話だが、母親はこの間の出来事のように話したという。
「私は胸がいっぱいになり、母を抱きしめました。それまでの数日、母は私のことがわからなかったのに…」
気づくと、その男性の姿はなかったという。
「母はその数年後に亡くなりました。あのとき、母とともに幼かった頃の思い出まで連れてきてくれたあの人に、心からお礼を言いたいです」
つないだ手から伝わる男の子のやさしさ
「私の初恋は、名前も知らない男の子でした」
そう話してくれたのは、東京都の会社員・大林結美さん(41才・仮名)だ。小学校の遠足で同じ博物館に来ていた、他校の児童だという。
「私はそのとき、間違えてほかの学校の列について行ってしまったんです。気づいたときには、知らない子ばかりで、心細くて泣きそうになってしまいました」
周囲からも「あの子、違う学校の子じゃない?」「間違えちゃったんだ」という声が飛び交い、いたたまれなかったという。
「同情の声と、笑い声が聞こえ、消えてしまいたくなりました。すると、ひとりの男の子が“お前、どこ小?”と、私に声をかけてきたんです」
××小学校だと答えると、その男の子は大林さんの手を取って大きな声で叫んだ。
「××小学校の先生~!」
何回も呼びかけたところ、担任の先生が来てくれた。
「先生の顔を見た瞬間、ホッとして彼にお礼も言わず走り出してしまいました」
それをいまだに後悔しているという大林さん。いつかお礼と、「あなたが初恋でした!」と告白したいという。
花火のように素敵な愛犬の恩人夫婦
夏になると思い出す出来事があると話してくれたのは、秋田県の主婦・池谷芽衣さん(32才・仮名)だ。
「私が高校生だった頃、ペットの犬・ポン太と花火を見に行ったんです」
しかし、ポン太は花火の大きな音に驚き、パニックを起こすと、逃げ出してしまったという。
「事故に遭っていたらどうしようと、泣きながら捜していると、若いご夫婦から声をかけられました」
揃いの浴衣を着たその夫婦は、事情を聞くと一緒にポン太を捜してくれた。
「草の生い茂る河川敷に入ってくださったり、やぶの間を覗いたり…。必死に捜してくれました」
するとその甲斐あって、ご主人がポン太を見つけてくれた。
「ホッとして、その場で号泣してしまいました」
夫婦はポン太がまだ怖がっている様子を見て、
「早く帰って落ち着かせてあげてください」
と言い残し、笑顔で去って行ったという。
「私も彼らのような大人になりたいと、花火を見るたびに思ってきました。困っている人がいたら手を差し伸べられる勇気が持てるようになったのは、あのご夫婦の影響です。感謝しかありません」
取材・文/川辺美奈子 イラスト/ico.
※女性セブン2022年6月9日号
https://josei7.com/
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