『俺の家の話』4話|「うるせえ、クソジジイ」に隠された息子の気持ち
長瀬智也主演、宮藤官九郎脚本の『俺の家の話』(TBS毎週金曜夜10時から)は、介護がテーマのホームドラマ。プロレスラーの息子(長瀬智也)が能楽師の父親(西田敏行)の介護をする。能の稽古をしながら夜はプロレスラーとしてリングに立つプロレスラーの息子(長瀬智也)の生活はどうなる? 話が進むに連れて、プロレスと能の独特な世界が、家族の関係に結びついてきた。ドラマを愛するライター・大山くまおが4話までを解説します。
世阿弥の教え「秘すれば花」
長瀬智也主演のドラマ『俺の家の話』には3つのテーマがある。一つは「介護」、一つは「プロレス」、そしてもう一つが「能」だ。介護には親子や家族のことが大きく関係する。プロレスにも擬似家族的なコミュニティがある。では、能はどうだろうか? 先週放送された第4話は能に焦点があてられていた。
観山寿一(長瀬智也)は忙しい日々を送っていた。昼は能の稽古、夜は父・寿三郎(西田敏行)の介護、週末は「スーパー世阿弥マシーン」としてリングに立っていた。世阿弥といえば「初心忘るべからず」の言葉で知られている。「秘すれば花」も世阿弥の言葉。正体を知られてはいけないマスクマンは、まさに「秘すれば花」を象徴する存在だ。
寿三郎にも大きな秘めごとがあった。それがエンディングノートにさりげなく書かれた「寿限無のおとしまえ」である。これが観山家に大波乱を巻き起こす。
「YES!子供だって能(NO)」
最近、寿三郎は情緒不安定気味になっていた。それは能の稽古での寿限無(桐谷健太)への暴言に表れていた。「育ちの悪さが足に出てるんだよ!」「親の顔が見てぇよ!」はどちらも明らかにパワハラ。宗家という密室の中でなら通用していたのかもしれないが、今は間違いなくNGだ。
そんな中、寿一の息子・秀生(羽村仁成)と舞(江口のりこ)の息子・大州(道枝駿佑)が子ども向けの能イベント「YES!子供だって能(NO)」に出演することが決まる。秀生は能の稽古が大好きで、多動性症候群も能のおかげで収まりつつあった。一方、大州は友達とのダンスに熱中していて能の稽古に身が入らない。
二人が舞うのは「小袖曽我(こそでそが)」。兄弟が実父の仇討ちに出る前に、母の前で舞うというもの。寿限無は「道成寺」を舞うことになる。寿一が任されたのはクライマックスで鐘を落とす「鐘後見」。プロレスの道場で練習するのは「道成寺」と「道場」を引っ掛けたギャグ。失敗した寿一に寿限無が「命預けてんだよ、こっちは!」と怒るが、相手に命を預けるという意味ではプロレスと同じで、寿一にはぴったりの役回りと言える。
このドラマでは見事にプロレスラーの体になった長瀬智也に注目が集まりがちだが(今回はリングでパワーボムを決めてみせた。すごい)、いつも背をピンと伸ばして朗々と能を謡う桐谷健太も素晴らしい。道枝駿佑と羽村仁成も顔立ちと和装が本当によく似合っており、よくぞこの二人を選んだという感じがする。
『池袋ウエストゲートパーク』と「小袖曽我」
反抗期になっていた大州は能の稽古にも身が入らない。自分より後から能を学びはじめた秀生のほうがセンスが良いところに引け目を感じて、居場所をなくしていたのだ。これは若い頃の寿一とまったく同じ。結果、寿一はプロレスに逃げた。それを聞いた寿限無は「逃げるのも才能だけどね」とつぶやく。
「俺はその才能も勇気もないから、コツコツやるしかなかった。けど、逃げ道をつくってあげるのも大人の役目だと思う」
池袋西口公園で踊る大州のもとへと寿一がやってくるが、これはもちろん長瀬主演、宮藤官九郎脚本の『池袋ウエストゲートパーク』へのオマージュ。略称の「IWGP」は新日本プロレスのチャンピオンベルトの称号と同じだから、寿一の役柄にもぴったり(第3話に登場した長州力、武藤敬司、蝶野正洋は3人ともIWGPを戴冠している)。
寿一は「万が一カラーギャングに囲まれたら、お前のこと、守りきれねぇなと思って」と首からブルーザー・ブロディのようにチェーンをぶらさげて池袋西口公園にやってくるが、もう池袋にカラーギャングはいない。かつて黄色を身にまとっていたのはもっとも凶暴なカラーギャング「G-Boys」だったが、今、黄色を身にまとっているのは平和なダンスチーム「Yellow Angels」である。
能のことが好きじゃない大州に、寿一は逃げ道をつくってやる。結局、大州は「YES!子供だって能(NO)」には現れず、仲間と一緒のダンスを選ぶ。これはプロレスの道に進んだ、かつての寿一とまったく同じ道。それを感じ取っていた寿一は大州の代打を務め、元妻のユカ(平岩紙)が見守る前で秀生と一緒に「小袖曽我」を舞う。
「小袖曽我」は母親の前で兄弟が舞う演目だが、弟は母親に勘当されており、兄は仇討ちの前に勘当を解いてもらうために兄弟で母のもとへやってくるという物語である。いわば寿一は妻に「勘当」されたようなもの。「小袖曽我」では最後に母子が和解して涙した後、仇討ちに出向く。ユカも客席で涙していたが、ひょっとして寿一とユカも……?
→長瀬智也×宮藤官九郎『池袋ウエストゲートパーク』窪塚洋介のキングに圧倒されて「ブクロ、サイコー!」
「道成寺」と恨みの炎
話は前後する。観山家では舞と踊介(永山絢斗)が思わず「クソジジイ!」と怒鳴るような事態が発生していた。原因は寿三郎なりの「寿限無のおとしまえ」だ。彼が呼び出した元女中の菅原栄枝(美保純)。彼女はかつて寿三郎が妊娠させた女性、つまり寿限無の母だった。
寿三郎は栄枝母子を番頭の小池谷(尾美としのり)に押し付け、小池谷はそれを了承。寿限無を稽古に通わせるようになり、小池谷が亡くなって寿一が家出した後は宗家を継がせるために芸養子に迎えていた。話を聞いた寿一は憤りを隠さない。
「また家かよ。家のためだったら何やってもいいのかよ。子どもの人生奪っていいと思ってるのかよ」
寿三郎は何も言い返せない。ひょっとして、かつてなら「そういうものだ」と言っていたかもしれない。実際、「そういうもの」だったのだろう。しかし、今は違う。寿三郎さえ罪の意識に苛まれていた。だから「寿限無のおとしまえ」をつけようとしていた。寿一の「家」、つまり宗家という密室で起こっていた異常な事態。つくづく『俺の家の話』というタイトルは秀逸だと思う。
さくら(戸田恵梨香)の後押しもあり、寿三郎は寿限無にすべてを打ち明ける。寿限無は自分の身にふりかかるどんな運命からも逃げることなく、ひたすら受け入れてきた。すべてを受け止め、飲み込み、丹田に落とし込む。今回もそうだった。彼が言うのは、たった一言「承知しました」のみ。まさに「秘すれば花」だ。
「YES!子供だって能(NO)」で寿限無は姿をくらますが、実は「道成寺」で使う鐘の向こうにすさまじい形相で座っていた。
「道成寺」は、男に裏切られた女が毒蛇に変身し、鐘の中に隠れた男を恨みの炎で焼き尽くすという物語。その後、供養の場に現れた女が鐘の中に入り、毒蛇に変身して炎でまわりを焼き尽くそうとするが、我が身を焼いてしまい川の底へと消える。
「うるせえ、クソジジイ」と呟いて舞台へ向かった寿限無は能面を被る。いつも彼はこうやって能面のような顔ですべてを受け止めてきた。ところで「秘すれば花」には続きがある。「秘すれば花なり秘すれば花なるべからず」。秘めるからこそ花になり、秘めなければ花の価値は失われてしまうという意味だ。寿限無が秘めるのをやめて感情を解き放ったとき、「道成寺」の女のように恨みの炎で我が身を焼き尽くしてしまうのだろうか?
プロレスと能、能の演目、特殊な「家の話」……実によくできた脚本で心から感心する。『俺の家の話』は知れば知るほど楽しみが深くなるドラマだ。
『俺の家の話』これまでのレビューを読む
→『俺の家の話』1話|長瀬智也が老眼の衝撃。親の介護は実の親子だからできることもあるし、できないこともある
→『俺の家の話』2話|長瀬智也「オヤジは寂しい老人なんかじゃない。俺がいる」
→『俺の家の話』3話| 令和の寅さんは、介護から逃げられない。男も女もつらいよ
『俺の家の話』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
●『北の国から』は父の視点、子の視点、母の視点…あらゆる視点を内包する傑作である