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考察『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』10話|真の主人公は「岸本家」。演技派俳優・河合優実の誕生を見届けた幸せ

 昨年、ギャラクシー賞月間賞受賞など高い評価を受け、地上波で再放送がされていた(NHK 火曜よる10時〜)『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』が最終話を迎えました。「令和の新しいホームドラマ」の呼び声も高い本作の10話(最終話)までをドラマに詳しいライター・近藤正高さんが振り返ります。

呪縛の言葉だった「大丈夫」

 この7月から地上波で放送されてきた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』がついに完結した。当レビューではこれまで、このドラマの主人公を「岸本七実」と書いてきたけれども、最終話を観て、真の主人公は「岸本家」だったのだと気づかされた。それというのも、最後の最後に七実の父・耕助(錦戸亮)の視点から改めて岸本家の歴史が描かれることで、ついにジグソーパズルの最後のピースがはまり、その全体像があきらかにされたからだ。

 今回の前半では、耕助がひとみ(坂井真紀)と結婚するにあたり、大阪の彼女の実家を訪ねて両親に挨拶するシーンが出てきた。第8話で、ひとみの母・芳子(美保純)の記憶のなかで一瞬現れた場面である。その席で芳子が食べることの大切さを語るなかで「この前の震災」を引き合いに出していたところから察するに、どうやら1995年の阪神・淡路大震災の直後らしい(ちなみに七実が生まれたのは、高校卒業の年から逆算すると1996年度である)。

 このとき、耕助は芳子からたくさんの料理を振る舞われ、しまいにはお腹いっぱいで苦しむほどだった。そこへ来て、芳子と夫の茂(黒田大輔)が思い出したように、うちは経営する工場が忙しくて、ひとみの行きたいところへどこにも連れていってあげられなかったので、耕助に自分たちに代わってそれを叶えてあげるよう約束させるのだった。耕助も大好きなひとみのためとあって、世界中どこへでも連れていくと胸を張って引き受ける。

 それからというもの耕助は、やがて七実と草太(吉田葵)が生まれ、仕事もますます多忙をきわめながらも、その約束を守り続けた。第3話で回想された七実の中学時代の家族そろっての沖縄旅行も、じつは耕助の仕事の都合で一旦は出発を翌日に延ばしたものの、その日夜遅くに帰宅した彼の提案で急遽、愛車の「ボルちゃん」で出発し、途中カーフェリーも利用しつつ出かけたのだ。

 そんな耕助がことあるごとに自分に言い聞かせていたのが「大丈夫」という言葉だった。そう、七実が幼いころから耕助に言われては励まされてきたあの言葉である。しかし、第5話で描かれたように、七実にとって「大丈夫」は呪縛の言葉となって苦しまされることになる。それはきっと耕助も同じだったはずだ。「大丈夫」と自分にも七実にも言い聞かせながら、かなり無理もしていたのだろう、彼は結局、家族を残し若くして逝ってしまった。

 前回小野寺(林遣都)に勧められ、小説に着手した七実は、今回実家に帰ってきてからも深夜にパソコンを開いて原稿を書き進めていた。そこへ耕助が現れ、父と娘で久々に話し込む。気がつけば朝を迎え、部屋が徐々に明るくなり始めたころ、耕助は「いまの七実のままで大丈夫」「七実はホンマにもう頑張った。パパが生きた証しや。自慢や。大丈夫」と、ここでも「大丈夫」を繰り返した。そんな父に対し七実はふいに「世の中には2種類の人間がおる。大丈夫な人間と、大丈夫やない人間や」と切り出すと、「ばあちゃんは大丈夫。草太も大丈夫。ママは大丈夫やない。私も大丈夫やない」「だから私、頑張ってる」と、きっとそれまでずっと考えてきたであろう自らの思いを伝えたのだった。

 七実が自分とひとみを「大丈夫やない」ほうに分類したのは、二人とも物事を真正面からとらえすぎてしまうタイプだからではないか。こうと決めたらとことん進んでいくが、一旦挫折すると落ち込みも激しい。それゆえ「大丈夫」の言葉も、壁にぶち当たったりすると、かえって自分に無理をさせる呪縛の言葉になってしまう。おそらく七実は耕助と話すうち、父もまた自分と同じく「大丈夫やない」ほうの人間だと気づいたはずだ。彼女が上記の言葉のあと、耕助の頭をなで、「パパ、よく頑張ったなあ」とねぎらったのも、そのために違いない。

未来もまた、過去や現在の中にひそんでいる

 さて、七実はこの日のために取って置きのサプライズを用意しており、耕助には頭をなでたあとで「見せたいもんがあんねん」と告げる。そのあとで、ほかの家族も起こし、住んでいるマンションの下まで連れていくと、そこには岸本家の愛車・ボルちゃんが、運転席に耕助が座って待っていた。ボルちゃんは今回の冒頭で描かれていたように、15年前に耕助が亡くなったあと売却されたが、それを七実は著書の印税で取り戻したのだ。

 その日は家族で耕助の墓参りに行くと以前より決めており、みんなで喪服に着替えると、さっそくボルちゃんに乗り込み、ひとみの運転で出発した。前回のレビューで予想したとおり、このとき物語はついに第1話の冒頭のシーンとつながったことになる。時期は墓地に桜が咲いていたところを見ると、春のお彼岸の頃だろうか(満開にはやや早い気もするが)。

 墓参りを終え、七実は今度は食事に行こうと、事前に調べておいた店をスマホで見ようとするが、なぜか充電が切れている。代わりにひとみが「ここから先はママの走りたいように走らせてもらう」と言って、さらなるドライブに出発した。その行き先は、沖縄から、耕助が生前連れていくと言っていたウユニ塩湖(南米にある塩分の濃い湖)へ、さらには宇宙にまで飛び出したところで、岸本家の物語はひとまず大団円を迎える。

 耕助は、中学時代の七実にインターネットができるようパソコンを買い与えたとき、「世界はこの向こうにある」と言っていたが、今回彼女の前に現れると、この話には続きがあるとして「世界はここ(家族)にあるんやで」と伝えた。七実のスマホが使えず、代わりにひとみが世界へと家族を連れ出したのは、まさに耕助の言葉をそのまま具体化したようであった。同時にこのラストシーンには、家族とならどこにでも行ける、どんなことがあっても乗り越えられるというメッセージも込められていたのではないか。

 このドラマでは毎回のように、小ネタというかスタッフのお遊びが用意されているのも楽しみだった。最終話でいえば、夜中に小腹を空かせた七実が外をふらふら歩いていると、ラーメンの屋台が出ていて、店主をよく見ると、彼女が以前バイト先で一緒になった瀬尾さん――例の「世の中には2種類の人間が~」という言い方を彼女に教えた張本人でもある――だったというシーンが当てはまる。その店名「巨匠」は、瀬尾さんを演じる芸人・岡野陽一のかつて組んでいたコンビ名というのがまず笑わせた。そこで七実に続いて現れたお客も、テレビプロデューサーの二階堂さん(古舘寛治)、高校時代の担任の田口先生(松田大輔)、いつも家に荷物を届けてくれる宅配ドライバーの陶山さん(奥野瑛太)に加え、七実の高校時代のボーイフレンド・旭くん(島村龍乃介)という不思議な顔合わせ。そもそもこの場面自体が小説執筆中に七実がうたた寝して見た夢だっただけに、ひょっとするとここに出てきたのは彼女がひそかに慕っていた男たちということなのか……などと、あれこれ想像をかき立てられた。

 夢といえば、前回(第9話)と最終話の時代設定は2025年という少し先の未来であり、そう考えると、最後の2話分で描かれたのは、ひょっとすると七実の夢というか、ひとつのある得べき世界にすぎない、という解釈も成り立つかもしれない。現時点、2024年現在の岸本家はきっとまだ、芳子をケアハウスに入れるかどうかや、一人暮らしを始めたいと言い出した草太について話し合いのさなかにあるはずだし、七実個人もおそらく家族と仕事の狭間で(このまま家族だけをテーマに書き続けていけるものかどうかという悩みを抱えつつ)揺れ動いているに違いない。

 思えば、このドラマでは岸本家の軌跡が、過去から現在へという時間の流れに沿ってではなく、まるで人間の記憶のように、現在と過去をひっきりなしに往復しながら描かれた。この構成からすると、未来もまた、過去や現在の中にひそんでいる、ということになるのではないか。そう考えると、未来で幕を閉じたのも、いかにもこのドラマらしいラストだったといえる。

 七実役の河合優実は、このように時間を行ったり来たりする物語のなかで、中学時代から20代後半までを演じてまるで違和感がなかった。この作品によって彼女が俳優として存在感を世間に示し、ブレイクのきっかけとなったのもうなずける。後追いとはいえ、このドラマを通して一人の演技派俳優の誕生を見届けることができた幸せを、いま一度噛みしめたい。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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