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『北の国から』は父の視点、子の視点、母の視点…あらゆる視点を内包する傑作である

「過去の名作ドラマ」は世代を超えたコミュニケーションツールだ。40年前に放送されてから、いまも幅広い年代に熱狂的に愛される『北の国から』は配信サービスでも楽しめる。祖父母世代、父母世代を超えて、現代の子どもたちの目にはどう映じるのだろうか。反応の違い、共感できるところなどを確かめ合うことで、名作ドラマは家族の話題を豊かにしてくれるかもしれない。

今なお人気を誇る『北の国から』

 倉本聰脚本、田中邦衛主演のドラマ『北の国から』の放送が始まったのは1981年のこと。24話のTVシリーズが終わった後も、単発のスペシャル版が8作品放送され、いずれも高視聴率を獲得。最後のスペシャル版『北の国から2002 遺言』前編の視聴率はなんと38.4%というのだから、国民的人気シリーズだったと言ってもいいかもしれない。

 最後の放送から18年経った今でも人気は衰えず、2020年1月には糸井重里率いる「ほぼ日」(編集部註:ほぼ日刊イトイ新聞)による「北の国から」展が開催された。人気ラジオ番組「東京ポッド許可局」(TBSラジオ)でも今年7月に「北の国から ‘20正論」と題した回が放送されている。何周年記念というわけでも何でもないのに、この盛り上がりはちょっとおかしい。

『北の国から』フリークとして知られる雨上がり決死隊の蛍原徹は20年以上毎晩繰り返し『北の国から』を見続けてきたという。これもちょっとおかしい。それぐらい『北の国から』は多くの人に深く愛されているのだ。

大自然の中で展開されるドロドロの人間模様

 ストーリーはおおまかに言えば、東京で暮らしていた黒板五郎(田中邦衛)が息子の純(吉岡秀隆)と娘の蛍(中嶋朋子)とともに故郷の北海道・富良野に移住するというもの。

 もともとは富良野に移住していた倉本聰のもとに、フジテレビ側から当時ヒットしていた映画『アドベンチャー・ファミリー』や『キタキツネ物語』のようなドラマを作れないかと打診があって立ち上がった企画であり、大自然の中で生き抜いていく家族の暮らしの方法がたっぷり詰め込まれている。倉本が持っていたローラ・インガルスの小説『大草原の小さな家』も大いに参考になったという。

 描かれているのは、電気も水道もない小屋でのランプと薪だけの暮らし、沢から水をひく水道工事、丸太小屋作り、くんせい作り、風力発電などなど。人間のキャスト以外にも、キタキツネ、エゾリス、エゾシマリス、エゾシカ、クマゲラ、エゾアカゲラ、シロハラゴジュウカラ、セグロセキレイ、ニホンイイズナ(コエゾイタチ)などが画面に華を添える。

 では、『北の国から』はほのぼのとした物語かというと、けっしてそんなことはない。五郎たちが富良野に移住したきっかけは妻・令子(いしだあゆみ)の不倫が原因だし(不倫相手は伊丹十三!)、令子の妹・雪子(竹下景子)も不倫に突かれて五郎たちの後を追っているし、富良野で知り合って純たちの良き兄貴分となる草太(岩城滉一)は東京から来た雪子に夢中で地元の恋人・つらら(熊谷美由紀/現・松田美由紀)に冷たくなり、結局つららは家出して札幌で風俗嬢になってしまう。純たちが通う分校の教師・涼子(原田美枝子)にも辛い過去があって、しまいには怪文書とUFO(!)のせいで富良野から去っていってしまう。開拓者の世代だった笠松のとっつぁん(大友柳太朗)は周囲から「へなまずるい」(とてもずるい)と後ろ指をさされ、酔って川に転落して死んでしまう。温厚そうな清吉(大滝秀治)も、土地を去ろうする者に対して激烈な感情を隠し持っていたりする。

 そもそも五郎は、母親っ子で無学な父親を軽蔑していた純と上手く話すことができずに親子なのに丁寧語だし、蛍は母親の不倫の現場を目撃してそれがトラウマになってしまっている。家族もまわりの人たちも、それぞれがいろいろな事情を抱えていて、どうしようもなくドロドロしていて、悲しみやおかしみや感動がぐちゃぐちゃになっている。それが『北の国から』というドラマなのだ。

欠陥だらけの男・黒板五郎

 倉本聰は企画の原点について、こう語っている。

「たわいない知識と情報が横溢し、それらを最も多く知る人間が偉い人間だと評価され、人みなそこへあこがれ向かい、その裏で人類が営々とたくわえて来た生きるための知恵、創る能力は知らず知らずに退化している。それが果たして文明なのだろうか。『北の国から』はここから発想した――」

 人間は知識よりも知恵で生き抜くことのほうが大事であり、都会で育った子どもたちにもそれを教えてやりたい。東京での生活の中で軽んじられた五郎は、故郷の自然の中で自分自身の生き方、価値観(倉本は「座標軸」と表現する)を取り戻し、失われた「父権」を取り戻そうとする。倉本はそんなドラマを作ろうとした。

 ここで面白く作用したのが、倉本聰の創作のポリシーだ。倉本はこんなことを言っている。「人間を書くにはそいつの欠点を書けっていつも言うだろう?」「では長所のいっぱいある人間に、欠点を一つつけてやるのと、欠点だらけの人間に長所をつけてやるのと、どっちが君ら光ると思う? 後者の方が光ると俺は思うンだ」。

 かくして、欠点だらけの男・黒板五郎が出来上がった。ドラマには出てこないが、倉本によるとぐうたらでスケベな五郎は高校時代には何人もの女性を妊娠させて「一発屋の五郎」と呼ばれていたらしい。そのたびに五郎の父親は相手にカボチャを持ってお詫びに行っていた。だから後年、純がトロ子(裕木奈江)を妊娠させたときに自分もトロ子の父親(菅原文太)にカボチャを持ってお詫びに行ったのだ。

 五郎役のキャスティングも難航した。候補には、高倉健、藤竜也、西田敏行、中村雅俊、緒形拳、田中邦衛らの名前が挙がっていた。そこで誰が一番欠陥が多くて、誰が一番情けないかを考えて、田中邦衛に決まったのだという。倉本は「黒板五郎が健さんだったら、随分ちがった作品になってたと思うよ」と振り返っている。もし、高倉健が五郎を演じていたら、もっとまっすぐな父と子のドラマになっていただろう。

ストーリーより世界そのものを楽しむドラマ

 欠陥だらけなのは主人公だけじゃなくて、脇にいたる人たちもみんなそう。だからストーリーはあっちに行ったり、こっちに行ったりして、その挙げ句、とんでもなく重層的になる。

 親と子、夫と妻、都会と田舎、若者と年寄り、自然と文明、感情と倫理、合理性と非合理性、コミュニティの温かさと息苦しさ……。さまざまな価値観が入り混じって対立する。わかりやすい結論には至らず、そのまま放置される。だから、視聴者はどこからの視点でもドラマを見て、それぞれの立場に感情移入することができる。父の視点、子の視点、母の視点、土地の老人の視点、都会に憧れる若者の視点などなど……。

 さらにスタートから20年以上にわたって続編が作られ、登場人物たちの人生が続けて描かれることで、物語はどんどん複合的、重層的になっていった。純と蛍の人生に自分の人生を重ねて見ていた同世代人も少なくないだろう(余談だが筆者と純は同じ年だ)。

『北の国から』はひとつのストーリーを楽しむドラマというより、どこで何をやってもいいオープンワールドのゲームのように、世界そのものを楽しむドラマなんだと思う。だから蛍原徹のように20年も毎日のように見ていられるのだろう。広大な自然の中で、小さな街の中で、喧騒の大都会の中で、人々の営みに泣き、笑い、感動する。だから『北の国から』はこんなに長きにわたって、多くの人に愛されているのだろう。

参考資料:『獨白 2011年3月 「北の国」からノーツ』(フジテレビジョン 著・倉本聰)

『北の国から』は配信サービス「FOD」で視聴可能(有料)

文/大山くまお(おおやま・くまお)

ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。

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