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考察『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』5話|「大丈夫」「前向き」という言葉に七実は無意識に縛りつけられていた

 昨年、ギャラクシー賞月間賞受賞など高い評価を受けた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の地上波再放送が話題です(NHK 火曜よる10時〜)。「令和の新しいホームドラマ」の呼び声も高い本作、ドラマに詳しいライター・近藤正高さんが5話を振り返ります。

大きくなった会社に適応できていない七実

『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』では、これまで主人公の岸本七実(河合優実)がさまざまな困難に直面しながらも、思いついたら即実行の行動力で乗り越えてきた。病気が原因で車椅子ユーザーになった母・ひとみ(坂井真紀)のため、街にある段差を全部なくすと奮起すると、大学の福祉系の学科に入り、さらには学生のままユニバーサルデザイン会社の「ルーペ」の立ち上げに参加する。ルーペの正式なメンバーになるに際しては、あるコンペでひとみに自分の体験を語ってもらおうと引っ張り出したおかげで勝利をつかみ、七実だけでなくひとみもアドバイザーとして会社に迎えられた。

 第5話の舞台は2019年と、前話から一気に5年の月日が流れ、ひとみは目指していた心理カウンセラーとなり、ルーペのアドバイザーとあわせてバリバリ仕事をこなしていた。同じく車椅子ユーザーであるルーペ社長の首藤(丸山晴生)の勧めにより自動車の免許も取って、いまでは自由に移動もできるようになっていた。

 それならば、七実は母親以上に活躍しているのでは……と思いきや、領収書をため込んでなかなか提出しないので経理担当の後輩社員(片山友希)から小言を言われたり、彼女が広報の担当者として取材の依頼を受けたらしい出版社の編集者・末永(山田真歩)に不手際で迷惑をかけ、菓子折を持ってお詫びに赴いたりと、まるでいいところがない。

 社員も増えて規模が大きくなったルーペに七実はどうも適応できていないようだ。そもそも彼女は「ひとみのために社会を変えたい」との思いでこれまで突き進んできただけに、いざ当のひとみが社会復帰し、以前にも増して活躍するようになり、目標を見失ってしまったのかもしれない。オフィスの七実のデスクのうえには、謝罪の言葉をいくつも試し書きした紙が置かれていて、目撃したひとみでなくても胸が痛くなった。

 社長の首藤も、再び七実が奇跡を起こしてくれることを期待し、彼女にも直接、「岸本の企画力と実行力は間違いなくすごい」と評価しつつ、同時に「組織で働く以上、もう少し周りの人のことも考えてほしいし、自分の信頼も獲得していかないかん」と叱咤する。

 七実はこのとき、これまで社内外に迷惑をかけてきたのを挽回しようと、東京のテレビ局の人気番組でトレンディエンジェルのたかし(本人)に自社の新アプリを紹介してもらう企画を取ってきていた。その生放送中、七実は唐突に泣き出した姿を思い切り全国に流されてしまうが、とっさにルーペが目指す理念について語ったところ、これが評判を呼ぶ。

 ちなみに岸田奈美の原作エッセイには、岸田が七実と同じくベンチャー企業で広報を担当していた時代のエピソードとして、テレビのニュース番組で櫻井翔から取材を受けたときの話が出てくる。それがドラマでは櫻井翔がトレエンたかしに替わったと思うと、何だか可笑しい。

 それはともかく、先の番組でレギュラー企画も決まり、うまくいったかと思われた矢先、オフィスの七実のパソコンからコンピュータウイルスがあちこちに流出し、会社の信用問題へと発展してしまう。テレビの企画も、そのために流れてしまった。これまでの七実ならけっしてくじけずに乗り越えるところだが、今回ばかりは精神的にダメージは大きく、どんどん深みにはまっていく。

 ウイルス流出の一件のあと彼女は、編集者の末永に頭を下げて紹介してもらったウェブメディアの取材を受ける。だが、そこで自らについて訊かれ、ダウン症の弟がいて、父を早くに亡くし、母も車椅子になってしまったことを何気なく話すと、記者(小林リュージュ)が必要以上に深刻に受け止めてしまう。おかげで公開された記事では七実が悲劇のヒロイン扱いされていた。

 これに加えて、亡き父・耕助(錦戸亮)の手帳を読んだことが七実に悪いほうに作用してしまった。その手帳は、耕助が起業した会社の元同僚であるいずみ(早織)――いまはその会社を引き継いでいる――が大掃除で見つけたところ、テレビでたまたま七実を見て渡さないといけないと思い、届けてくれたものだった。実際に受け取ったのはひとみで(七実がいずみと会う約束をすっかり忘れていたため)、七実には「これを読んでみて、パパの文字や言葉が力をくれることもあるって思った」と言って渡したのだが、いまの彼女には逆効果だったらしい。

「大丈夫やない! 全然大丈夫やない!」

 手帳を読んだこと、後日会いに行ったいずみから聞いた話、そして例のウェブ記事をきっかけに、七実のなかで、まるでそれまでフタをしていたのが噴き出すかのように耕助との思い出が蘇る。そのなかで彼女は子供のときからずっと耕助から褒められたり励まされたりしていた。さらに彼が亡くなったあとも、ひとみに「パパも『七実は大丈夫や』って言うてたやろ」と言われたこともフラッシュバックする。

 そんなふうに過去のさまざまな場面が思い出されるなか、七実は風呂に浸かりながら「大丈夫」と何度も繰り返し口にするうち、文字どおり溺れそうになる。湯船からやっと顔を出した七実がまず叫んだのは「大丈夫やない! 全然大丈夫やない!」という言葉だった。このとき彼女は、自分が「大丈夫」という言葉にずっと縛られていたことに気づいたはずだ。

 七実はもう一つ、「前向き」という言葉にも無意識のうちに縛りつけられていたらしい。そのことは、ひとみがいずみと久々に会ったときに語った「(耕助の死んだあとは)生きるために前向きになることしかできんかったから、それが自分も七実も苦しめたんかもしれん」というセリフであきらかにされた。

 実際、七実はいつも「前向きでいなければならない」と強迫観念のように思い込んでいたふしがある。それがこれまではいい具合にモチベーションとなって彼女を突き動かし、壁を乗り越えさせてきたことは間違いない。だが、ここへ来て、前向きであることが通用しない局面に突き当たってしまった。

 今回の第5話では、いつにも増して、亡くなったはずの耕助が現れ、現在の家族と一緒にすごす場面が多かった。あいかわらず、そのときの耕助は幻影や亡霊と呼ぶにはあまりに姿がはっきりとしている。これについて色々と解釈はできるだろうが、筆者としては、死んだあとも耕助はいつも一緒だという七実たち家族の思いの表れと解釈したい。

 耕助は今回、終盤にも登場し、色々と考えさせられた。そこでは、自宅のソファに横になっていた彼が目を覚ますと、うずくまる七実に気づき、「ごめんな」と声をかけていた。それは先ほど湯船から出たとき、彼女の口から出た「何で死ぬん?」「せめて謝らせろ!」「会いたい」という言葉を受けてのことなのだろう。

 七実が「謝らせろ」と言ったのは、耕助に対して亡くなる直前、つい「パパなんて死んでまえ」と言ってしまったことをずっと悔やみ、できるものなら和解したいと思っていたからだ。それがこのとき、逆に耕助のほうから謝られることでようやくかなったといえる。

 同時に七実にとって耕助からの謝罪は、彼が亡くなってから色々とあったのを一旦リセットするという意味合いもあったように思う。ラスト、エンドロールが流れたあとで、臨終を迎えた耕助の手を七実の手が握りしめるカットに続き、生まれたばかりの七実と思しき赤ちゃんの小さな手が、耕助のであろう指を握るカットが出てきたのも、そのためではないか。

 すっかり疲弊した七実は、果たしてこの危機をいかに乗り越えていくのだろうか。ラストで示唆されていたように、きっと彼女は生まれ変わって新たな姿を見せてくれるものと信じたい。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

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