『華麗なる一族』は意外にホームドラマである。家庭持ち木村拓哉も珍しい【水曜だけど日曜劇場研究2】
TBS「日曜劇場」の歴史をさかのぼって紐解く「水曜だけど日曜劇場研究」第2シーズン(隔週連載)。先日「WOWOW開局30周年記念」としてリメイクされることでも話題になった『華麗なる一族』の華麗さの底に流れる意外なまでの普遍性をドラマ史と昭和史に詳しいライター近藤正高氏が考察する。
そもそもの原因は「出生の秘密」
前回は、『華麗なる一族』について万俵大介(北大路欣也)・鉄平(木村拓哉)親子の確執を、ビジネスでの駆け引きを通して見た。
→『半沢直樹』と真逆、笑福亭鶴瓶は融資を渋る銀行専務役!『華麗なる一族』【水曜だけど日曜劇場研究2】
上位銀行との「小が大を食う」合併を目指す阪神銀行頭取の大介と、高炉建設でさらなる自社の拡大を目指す阪神特殊鋼専務の鉄平は、志向的によく似ていた。それにもかかわらず両者は対立を続ける。大介は自らの野望をかなえるためには、息子の会社をつぶすことさえいとわない。どうしてそこまで非情になれるのか? そこにはビジネス上の理由以上に、大介の個人的な感情が深くかかわっていた。
そもそもの原因は、鉄平をめぐる「出生の秘密」だ。大介は、鉄平がじつは自分の子供ではなく、亡き父(鉄平にとっては祖父)・敬介が、大介の妻の寧子(原田美枝子)に生ませた子供ではないかと疑っていたのである。
万俵家の先代の当主である敬介は、銀行や製鉄業に手を広げ、一大コンツェルンを築きあげた。その積極的な姿勢は女性関係でも発揮される。彼が鉄平の生まれる前、寧子に手を出したのは間違いなかった。劇中では、大介の回想として、寝ている寧子のそばに敬介(映るのは後ろ姿のみ)が寄り添い、「公卿(くげ)華族の女の肌はマシュマロのように白くて柔らかだな」と若き日の大介に向かって言い放つシーンが出てくる。
大介が鉄平を敬介の子供と疑う理由はまだある。鉄平はさまざまな点で大介よりも敬介に似ていた。思ったことをはっきり言う性格もそうだし、顔立ちからして鉄平は、屋敷に掲げられた敬介の肖像画に生き写しだった。あるときなど、鉄平が部屋で座椅子に足を伸ばしながら資料に目を通していたところ、そこへ入ってきた寧子が悲鳴を上げる。鉄平が、背後に飾られた肖像画の敬介と偶然にもまったく同じポーズを取っていたからだ。
また、万俵邸の庭の池には「将軍」と名づけられた巨大な鯉がいたが、敬介が死んで以来、大介が手を叩いても姿を現さなかった。それが鉄平が手を叩くと、十数年ぶりに出現し、大介を驚愕させる。
白髪に髭を生やした木村拓哉
ただ、鉄平が敬介の子供かもしれないという理由を、こうして具体的に映像で見せられると、つい笑ってしまう。何しろ肖像画の敬介は、オールバックの白髪に髭を生やした木村拓哉そのものだったし、鯉の将軍にいたってはロボットだったからだ。鯉が出てくる場面は、演出の福澤克雄が、山崎豊子の原作小説のなかでここだけはファンタジックに描かれていると思い、ぜひ映像で見せたかったという。
《でも、そんな巨大な鯉は何百万円もするし、水が合わなくて死ぬかもしれない。最終的にロボットの鯉にしました。バレないだろう! と。……バレましたけど(笑)》(福澤克雄「〈山崎先生と私〉ドラマ作りの教科書」、新潮社山崎プロジェクト室編『山崎豊子スペシャル・ガイドブック』新潮社)
ちなみにロボットの鯉は、尾びれの動きをリアルに再現しようと研究を重ね、開発費は1000万円以上かかったらしい(ドラマへの“出演料”はいかばかりだったのか?)。まあ、原作を劇的に映像化するため、新技術にも惜しみなく手を出す福澤の姿勢は、鉄平や、のちに彼が監督として手がける『下町ロケット』や『陸王』などの主人公たちにも通じるかもしれないが……。
ともあれ、鯉の一件で、大介は疑惑をますます深める。そもそも彼は鉄平を将来的に自分の後継者に据えるべく銀行に入れるつもりだったが、敬介の強い意向により阪神特殊鋼に入れざるをえなかったという経緯があった。
結局、大介は父親に対してどうしても抗えなかったのだ。それゆえに、父が亡くなってからは鉄平にその姿を見、生前の父に逆らえなかった分、彼の夢を阻もうとしたのである。ついには鉄平に直接、「おまえが生まれてこなければよかった」とまで口にしてしまう。
鉄平は父親に自分の存在を否定され、深く傷つく。仕事においても、阪神特殊鋼が建設中の高炉爆発事故により倒産の危機に追い込まれた。そこへ同社に対する阪神銀行の融資をめぐり、大介に背任の疑いが浮上する。鉄平は大介を告訴、父子は法廷で争うことになった。
原作との違い
じつは原作では、裁判はすんでのところで回避される。しかし、本作を企画したプロデューサーの瀬戸口克陽は、《鉄平目線で物語を描く上では、実際に裁判を起こして対決させた方が、父と子の対立軸をより鮮明に打ち出すことができる》と考え、原作者の山崎にも承諾を得て物語を改変したという(『学士会会報』第872号)。
実際に観ると、その効果は十分にあったと思う。たとえば、鉄平が証人を依頼した阪神特殊鋼の経理担当常務の銭高(西村雅彦=現・まさ彦)は、阪神銀行からの出向組で、事前に大介から口止めをされていた。そのため鉄平の再三の説得にも応じられなかった。だが、最後の最後に、鉄平が自分を心から信頼してくれていることを知って、証言台に立つ。大介の非情さに対し、鉄平の人柄が際立つエピソードだが、これは裁判があったからこそ生まれた展開だろう。
銭高の証言を得て、鉄平は裁判で優勢になるも、そこまでだった。阪神特殊鋼は会社更生法の適用を申請後、帝国製鉄の配下に置かれ、鉄平は専務を解任、提訴も帝国製鉄所長の和島(矢島健一)によって取り下げられてしまう。人生を捧げた鉄鋼の世界を追われ、父から存在を否定された鉄平。このあと、父子の関係の真実があきらかにされるのだが、そのとき鉄平はすでにこの世にいなかった——。
普通ではないがホームドラマ
古今東西の物語で描かれてきた出生の秘密というテーマを持ちこんだことは、『華麗なる一族』を一層面白くさせていることは間違いない。これが単にビジネスについて描いた作品ならば、原作の発表から40年近くもあとにドラマ化されることはなかったかもしれない。
『華麗なる一族』がいまなお私たちの心を引きつけるのは、本作が一種のホームドラマだからでもある。もっとも、たいていのホームドラマでは、普通の家族に何らかの事件が起きることでドラマが生まれるが、『華麗なる一族』の万俵家は最初から普通ではない。
大介には妻の寧子以外に、高須相子(鈴木京香)という愛人がいる。それだけなら、高度成長期の実業家や政治家にはまだよくあった話ではある。だが、大介の場合、愛人の相子を家の外に囲うのではなく、自邸に妻と一緒に住まわせている点が異常だ。しかも、大介の寝室には3つのベッドが置かれ、いつもは寧子と相子が日替わりで同衾するが、ときには2人が一緒に呼ばれることもあった。次男の銀平(山本耕史)に嫁いできた社長令嬢の万樹子(山田優)は、ひょんなことからこの寝室を覗いてしまい、ショックを受ける。
鈴木京香が見事に演じていた
さらに異常なのは、相子が執事として万俵家のマネジメントを一手に担っていることだ。彼女は閨閥づくりのため、大介の子供たちの縁談にも介入する。将来的に銀行を継承する予定の銀平を万樹子と結婚させたあとは、次女の二子(相武紗季)を佐橋首相の甥と結ばせようと画策する。
当然ながら相子は、寧子にも子供たちにも嫌われている。しかし相子にも、それなりの事情があった。かつて相子は留学先のアメリカで結婚をするも、差別を受けた末に離婚、傷心のうちに帰国する。そんな彼女を受け入れてくれたのが大介だったのだ。街で偶然会った弟(宮川一朗太)から相子は、結婚して家庭を持つのが一番の幸せではないかと言われるが、恩義のある大介から必要とされている以上、万俵家を出るわけにはいかなかった。
相子は、この時代にあって女性が結婚しないまま自力で生きていくことの困難さを体現しているともいえる。悪女ぶりのなかに垣間見える悲哀。そんな彼女を鈴木京香が見事に演じていた。
本連載の前々回で書いたとおり、プロデューサーの瀬戸口克陽は『華麗なる一族』を再ドラマ化するにあたり、考えに考えた結果、時代設定を現代に変えるのは困難だと判断して、原作どおり1960年代とした。たしかに、現代に舞台を変えてしまうと、大介の女性関係はとうてい成立しないだろう。
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家庭を持った男を演じる木村拓哉
『華麗なる一族』ではこのほかにも、鉄平を中心とした人間模様が丁寧に描かれている。銀平は自分の人生を父親に預けてすっかりニヒリズムに陥りながらも、夢に向かって邁進する兄・鉄平に心を動かされ、味方になってくれた。あるいは鉄平と再会した元恋人の芙佐子(稲森いずみ)のエピソードには、また別の出生の秘密が絡んでくる。その芙佐子は、鉄平が妻の早苗(長谷川京子)といるところに現れて、ちょっとヒヤッとさせたりもする。考えてみれば、木村拓哉が家庭を持った男を演じるのは珍しいのではないか。
最終話では、鉄平の死後、相子が万俵家を追われるようにして出ていく。時期を同じくして、大介は宿願だった上位銀行との合併を成し遂げるが、それは万俵財閥が最後にきわめた頂点だった。なぜなら、このとき大蔵省はすでにある企みをひそかに進めていたからだ。ドラマは、永田大蔵大臣(津川雅彦)がその企みの実行者に大介の娘婿の美馬(仲村トオル)を据え、華麗なる一族の崩壊を予感させたところで幕を閉じる。国家権力が本気を出せば、個人の野望など簡単に吹き飛んでしまうのか。そう思わせるラストであった。
日曜劇場では『華麗なる一族』のあと、2012年にも山崎豊子の原作で『運命の人』というドラマが放送されている。北大路欣也は同作で、『華麗なる一族』でも名前の出てきた佐橋首相を演じた。国家がより前面に出てくる点、また、現実に起きた事件をモデルにしている点でも、『運命の人』は日曜劇場のなかでも異色の作品といえる。次回からはこのドラマをとりあげることとしたい。
※次回は1月6日(水)公開予定
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。
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