『俺の家の話』3話| 令和の寅さんは、介護から逃げられない。男も女もつらいよ
長瀬智也主演、宮藤官九郎脚本の『俺の家の話』(TBS毎週金曜夜10時から)は、介護がテーマのホームドラマ。プロレスラーの息子(長瀬智也)が40歳をすぎて実家に戻り、能楽師の父親(西田敏行)の介護をすることに。父親が恋愛感情を抱くほど頼り切っているヘルパーのさくら(戸田恵梨香)には、遺産目当て、いわゆる後妻業の疑惑もあって……。ドラマを愛するライター・大山くまおが3話までを熱く振り返ります。
「介護にまさかはない」
「介護にまさかはないんです。常に細心の注意で臨んでも、予期せぬことが起こるんです。介護舐めないでください」
「介護ポストセブン」読者なら必見のドラマ『俺の家の話』は、父親の介護をしながら能の跡取りになる元プロレスラーの物語だ。
冒頭のセリフは、戸田恵梨香演じるヘルパー・さくらの言葉。長男の寿一(長瀬智也)が外出している間に倒れてしまった父・寿三郎(西田敏行)。病院に駆けつけて「まさか」と絶句する寿一をさくらは厳しく叱りつける。
「介護にまさかはない。肝に銘じます」
寿一は年下の女性にも素直に頭を下げることができる男だ。最初は父親の足も洗えなかったのに、今はだいたいの世話はできている。介護をするには、こだわりやプライドなどは捨て去って、何もかも一から学ぼうという謙虚な姿勢が必要なのかもしれない。
介護=非日常のイベント?
もう一つ、介護をしようとしている人にアドバイスのような言葉があった。デイケアサービス「集まれやすらぎの森」のケアマネジャー、末広涼一(荒川良々)が、父親に手押し車(またの名をシルバーカー。あるいはジジイカー)をプレゼントするかどうか迷っている寿一、舞(江口のりこ)、踊介(永山絢斗)にこう言葉をかける。
「(介護は)イベントだと思ったほうがいいですよ」
「イベント?」と訝しむ寿一。末広は言葉を続ける。
「日常だと思ったら辛くなりますから、介護はイベントだと思って、シルバーカー買ってみようとか、リハビリパンツ使ってみようとか、何でも試すといいですよ。拒絶されることもあると思うけど、それも込みのイベント。ちょっと長めの学園祭だと思って」
毎日毎日同じことが続くのが日常だとしたら、イベントは非日常。だったら介護の日々を「不自由な日常」と捉えるのではなく、「非日常的なイベント」と捉えるのも手かもしれない。だけど、イベントを行うには人手がいる。観山家はなんだかんだ言って人手が多い。きょうだいは3人揃っているし、自分の身を案じてくれる弟子もいる。身のまわりの世話をしてくれるヘルパーもアドバイスをしてくれるケアマネジャーも励みになる孫たちもいる。重い空気になったら娘の夫O.S.D.(ロバート秋山)まで来てくれる。それでも悩みは多いし、トラブルもある。1対多の介護でも大変なんだから、1対1の介護って本当に大変だなぁ……と思ってしまった。介護をイベントにするには、携わる人を増やしていく必要がある。
また、非日常のイベントには必ず終わりがあるが、介護の「終わり」を口に出してはいけない空気がある。第3話では理知的な舞が思わず「終わり」について口にしてしまい、何度も変な空気になっていた。こんな微妙な心理をすくい上げるあたり、実にクドカンらしい。
余談だが、ケアマネジャーの末広涼一という名前についてクドカンが『週刊文春』の連載に「『名前に広末涼子が潜んでる』とのツッコミは今のところなさそうです」と書いているが、放送前から情報を見て気づいていたので書いておけばよかった……!(書いてもクドカンに気づかれなかった可能性あり)
家族にしかできないこと、家族にはできないこと
遺産目当ての“後妻業の妻”だと思われていたさくらだが、実際には肉親がやりがたらない介護を懸命に行った結果、相手の老人に感謝されて結果的に遺産を相続している女性だった。相手を元気づけるために「婚約者」を名乗ることもあるが、あくまで「ふり」でしかない。
そのことは第2話で明かされていたが、認知症が始まっている寿三郎は話を聞いても忘れてしまう。さくらとやり残したことをエンディングノートに100以上書いたり(「さくらと桜を見る会に参加する」と書かれていて笑ってしまったが、寿三郎は人間国宝だから本来の意味での「桜の見る会」に参加する権利は十分ある)、さくらに全財産を渡すと記した遺言状を何度も書いたりして、さくらを困惑させる。
寿一はそんなさくらに「婚約者のふり」を続けてほしいと頼む。
「親父には、あんたが必要なんだ。家族にしかできないことがある。でも、家族にはできないこともある。わかりますよね?」
家族にしかできないことと、家族にはできないこと。たしかにそれぞれあるのだろう。寿一は親の介護に全力で取り組むことで、それが見えてきている。
ちなみにアクサ生命が行った「介護に関する親と子の意識調査 2019」(※)によると、60代、70代の親世代が「自身の子どもに望む介護の内容」で一番多かったのは「話し相手になる」(77.2%)が最も高く、次いで「買い物(食品や日用品など)」(62.6%)、「病院や介護施設への送迎」(61.8%)が上がった。たしかに観山家の人々はいつも寿三郎の話し相手になっている。寿一と息子の秀生(羽村仁成)は能を通じて寿三郎と会話している。これほど寿三郎の励みになることはない。
※参照:https://www.axa.co.jp/100-year-life/health/20190911a/
『俺の家の話』と『男はつらいよ』
さくらは恋人のふりをするために月額3万円を要求する。幼少期に母親からネグレクトに遭い、彼女の金銭感覚は極端に研ぎ澄まされてしまったのだ。さくらの辛い境遇を新作能という形でポップに表現するのはクドカンの真骨頂。「ぽかりぽかり」というフレーズが滑稽なのに悲しい。さくらは寿一に「お金でしか解決できない問題もありますよね」と告げる。
『俺の家の話』を観ながら思い出すのが、国民的ヒット映画『男はつらいよ』である。渥美清演じるフーテンの寅が実家に帰ってきて騒動を巻き起こし、マドンナにフラれるとまた旅に出るというパターンを繰り返した。
第1話では実家に帰ってきた寿一に踊介が「寅さんか! フーテンの!」とツッコミを入れるシーンがある。第3話には舞が寿一に「それを言っちゃおしまいよ」とたしなめるシーンがあるが、これは寅さんの決めセリフ。
寅さんの第1作での年齢は41歳で、20数年ぶりに実家に帰ってきたという設定だったが、寿一の年齢は42歳で実家に帰ってきたのは25年ぶり。寅さんはテキヤをやっていたが、寿一はプロレスラー、どちらも堅気とは異なる自由気ままな職業だ。なにより、寅さんの妹の名前は「さくら」である。
寅さんはおいちゃんやおばちゃんが年老いたとしても、絶対に自分から介護なんてしなかっただろう。ひょっとして腕まくりをするかもしれないが、途中で投げ出したはずだ。身の回りの世話はさくらが行っていたに違いない。『男がつらいよ』が制作されていた昭和から平成にかけては、そういう時代だった。
だけど、令和となった今は違う。好き勝手に生きてきた長男も40歳を過ぎれば介護に直面することになる。女性だからという理由で妹の舞が介護を全面的に行うわけでもないし、令和のさくらはお金を介さなければ介護をしてくれない。寅さんだって介護からは逃げられない。現代はそれが当たり前の時代となったことが『俺の家の話』を見ているとよくわかる。
スーパー世阿弥マシーン !
「要介護1」から「要支援2」になって家族から喝采を受ける寿三郎。要介護・要支援度の状態区分と要介護認定の申請と利用についてはこちらの記事を見てもらいたい。
→要介護認定とは?申請方法は?|介護保険サービスを利用するまでの流れ【介護の基礎知識】公的制度<4>
シルバーカーを一度は拒絶した寿三郎だが、「無理しなきゃさ、二度と能舞台立てねぇだろ」と言い、さくらを伴って散歩に出かけた。「人間国宝、笑われに行ってきまーす」というセリフが泣かせる。
寿三郎はさくらが婚約者のふりをしていることをわかっていた。「死に方がね、分からないんです」と嘆く寿三郎を「そのままでいい」と励ますさくら。ありのままを認めてやることが介護する人の優しさなのかもしれない。
グッとさせた後、すぐに笑わせるのがクドカンドラマ。寿一は覆面レスラー、スーパー世阿弥マシーン(能の要素が強すぎ!)としてプロレスに出場し、正体を知らない寿三郎とさくらが見守る前で関節を極めながら相手のスネをかじる必殺技「親不孝固め」を決めて勝利をあげる。相手の「立て!」と寿三郎が叫びながら自分も立つシーンが胸アツ。そのまま急いで帰って全力で食事と風呂の支度をする寿一もすごかった。
風呂でスーパー世阿弥マシーンの体幹を褒める寿三郎。体幹は能にとって何より大事なもの。寿一にとって、それが幼い頃から初めて父親に褒められた言葉だった。親子の間では直接言えない言葉でも、フィクション(プロレスの覆面と能の面はどちらも素顔を隠すもの)を介することで伝わることがある。嬉しそうに少し涙ぐむ長瀬智也の表現力も素晴らしかった。
「これが、俺の家の話だ」
さて、ウチの家の話はどうだろう?
『俺の家の話』これまでのレビューを読む
→『俺の家の話』1話|長瀬智也が老眼の衝撃。親の介護は実の親子だからできることもあるし、できないこともある
→『俺の家の話』2話|長瀬智也「オヤジは寂しい老人なんかじゃない。俺がいる」
『俺の家の話』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
●長瀬智也×宮藤官九郎『池袋ウエストゲートパーク』窪塚洋介のキングに圧倒されて「ブクロ、サイコー!」