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最終回『MIU404』が終わらない「ゼロ地点から向かいます。どうぞー!」

 綾野剛と星野源、最高バディの刑事ドラマ『MIU404』(TBS金曜夜10時)が先週(9月3日)最終回を迎えた。謎の男、久住(菅田将暉)の正体はなんだったのか。久住によるフェイクだった「東京同時多発テロ」の結末は? ラスト近くにあらわれる「新国立競技場」が問うものとは? 野木亜紀子ドラマを考察し続け、『MIU404』を第1回からレビューしてきた大山くまおさんが振り返ります。

 これまでのストーリーを思い出しながらどうぞ。

久住の犯罪の動機とは?

 真実も道徳も動作しない、正論と暴論の分類さえできやしない今の日本社会で、ドラマ『MIU404』は何を伝えようとしていたのか? あらためて最終回「ゼロ」を振り返りながら考えてみたい。

 冒頭で、舞台が「2019年10月」とあらためて強調される。翌年開催予定の東京五輪の開会式は大金持ちしか見ることができず、一方で無償のボランティアが募集されている格差社会、日本。あまりの理不尽さに声をあげる老人がいても、その声はかき消されていく。さりげなく描かれていた「疲れちゃった」という老人の声は意外に重い。

 そんな今の日本社会の中で上手く立ち回っているのが謎の男・久住(菅田将暉)だった。これまで描かれていたように、危険ドラッグ・ドーナツEPの工場を仕切って若者たちに売りつける。巨額の資金でエトリ(水橋研二)を操って暴力団や裏カジノを動かす。気まぐれにYouTuber(作中ではナウチューバー)を「BAN」する。彼の動きはとっ散らかっていて、正体も意図もわからない。

 警察や消防を混乱させた「東京同時多発テロ」は久住が仕掛けたフェイクだった。架空の映像をSNSに流し、虚偽通報を重ねただけで東京をパニックに陥れることに成功する。どれもこれも文字通り、指先一本による仕業だ。その裏で起こったのは、妊婦の死産、火災による寺の全焼、そしてドーナツEPを積んだトラックによる陣馬(橋本じゅん)のひき逃げだった。久住はまんまとドーナツEPの在庫と工場を守り抜いた。

 伊吹藍(綾野剛)と志摩一未(星野源)の関係性にも亀裂が生じていた。単独行動をとる志摩は、特派員REC(渡邉圭佑)に協力を依頼して脱法的な捜査に乗り出す。毒をもって毒を制するということなんだろうが、これまで法の遵守と捜査の手続きを何より大事にしていた志摩からすれば考えられないことだ。

「やらん、やらん。こんなもんな、やる奴はアホや!」

 一方、隠れ家でもあるクルーザーの中で仲間と一緒に最新ドラッグを作り上げた久住だったが、試してみるかと問われると一笑に付す。人は快楽を求めてドラッグを服用するが、彼にとってはドラッグを服用して人が破滅するのを見ることが快楽なのだ。これが久住という男の行動のすべての動機である。

SNSとドラッグを操る現代の神様

「言うとくけどな、俺はたいしたこと何にもしとらん。作りたい奴が薬作って、使いたい奴がつこうて、人形になりたい奴がなった。ま、みんな頭悪いんやな。頭悪い奴はみんな死んでもろたらええねん」

 久住の居場所に先にたどりついたのは伊吹だった。伊吹は久住の犯行の背景を知ろうとするが、久住はすべてはぐらかして厭世的な態度を取り続ける。言い逃れではなく、彼の本心なのだろう。「自分以外、全員死んじまえーって聞こえんぞ」と伊吹に問われても、まったく否定しない。

「せやなあ。全員死ねばええと思てるよ。汚いもん見んようにして、自分だけはきれいやと思てる正しい人ら。みんな泥水に流されて、全部なくしてしまえばええねん」

 久住の発言を聞くと、人との出会いである「スイッチ」を一つ一つ大事にして生きていきたいと願う伊吹とは正反対の人物であることがわかる。その上で、「神様は俺よりもっと残酷やで」と意味深なことを言う久住。

「指先ひとつ、一瞬で、人も街も、全部さらうてまう。全部のうなって、それでも10年経てば、みぃんな忘れて、終わったことになっとる。アーッ。頭ん中の藻屑や」

「泥水に流されて」「人も街も」「10年経てば」「藻屑」などのキーワードをつなぎあわせると、2011年の東日本大震災が浮かび上がる。久住は震災ですべて失って、助けを得られずに絶望して、厭世的な人物になったのかもしれない。そして人々は震災のことを忘れてしまった。東京五輪は「復興五輪」だと喧伝されていたが、そのことを実感している人はほとんどいない。

 神様は人や街が流されていく姿を見て笑っていたのかもしれない。ならば、自分も人や街が流されていく姿を高みから見下ろして笑う神様になろう。そう久住は考えたのではないだろうか。SNSとドラッグを操る現代の神様に。

 人々の欲望につけこんで破滅させる久住のことを志摩は「メフィストフェレス」と呼んだが(伊吹は「メケメケフェレット」)、脚本の野木亜紀子は久住の人物像について「若くても、ある種のカリスマ的存在」と表現する。これまで扱ってきた社会問題のように、まったく架空の存在ではない。「現に、ネットの世界では一部の人が崇拝され、いろんなビジネスを展開していますよね」とも野木は語っている(『ザテレビジョン』9月3日)。

 今の時代にネットなどを駆使し、カリスマとして崇められ、影響力を武器にビジネスを展開するような人物は、ほとんどが目先の金や名誉が目的なのは間違いない。しかし、もしその人物が、人々の破滅だけを望んでいたら? まるでハーメルンの笛吹き男のように。ゾッとしてしまうのは筆者だけではあるまい。

小さな正義を一つひとつ拾ったその先に

 伊吹も、駆けつけた志摩も、久住と仲間に囚われてドラッグを吸わされてしまう。バッドトリップした伊吹の夢。それは志摩が殺されて、久住を射殺し、そのまま時が流れて2020年の東京五輪が開幕するというもの。しかし、志摩のモノローグとともに時間は巻き戻る。

「何かのスイッチで進む道を間違える。そのときが来るまで誰にもわからない。だけどさ、どうにかして止められるなら、止めたいよな――最悪の事態になる前に」

 志摩のこの言葉は、3話で九重(岡田健史)に語った「スイッチ」の話と、1話で伊吹が志摩に語った機捜の仕事についての話のフュージョンだ(なお、伊吹は寝ながら志摩が語った「スイッチ」の話を聞いていた)。ドラッグによって渾然となった意識が、このような言葉を生み出したのかもしれない。

→『MIU404』第3話|菅田将暉が突如登場に視聴者騒然するも見所はそれだけじゃない!

 そこに陣馬の意識が回復したという九重からのメッセージのおかげで、伊吹と志摩は目が覚める。4機捜のチームワークが2人を救ったとも言えるだろう。2人は久住のクルーザーから脱出し、久住は国外への逃亡を図る。

 久住発見の一報を聞いた桔梗(麻生久美子)だが、彼女はすでに機捜の隊長の任を解かれていた。しかし、新しい隊長に一から説明して指揮を任せていては久住に逃げられる。刑事部長・我孫子(生瀬勝久)に電話をかけた桔梗は指揮権の移譲を要請するが、後任の隊長の面目を盾に渋る我孫子にこう告げる。

「面目や体面のためにできることをやらないのなら、私たちがいる意味って何ですか? 小さな正義を一つひとつ拾ったその先に、少しでも明るい未来があるんじゃないですか」

 桔梗の言葉は、『MIU404』というドラマの持つ大きなメッセージの一つだろう。テロリストの車として拡散されたメロンパン号の無実を晴らしたのは、これまで伊吹と志摩がかかわってきた人々だった。諦めず、粘り強く、自己責任に逃げず、小さな正義を一つひとつ拾った結果、虚偽の情報が否定されて真実が明らかになった。これこそが「少しでも明るい未来」の姿だ。

 地上に戻って逃亡する久住を、メロンパン号に乗った伊吹、志摩、九重が追う。桔梗の指揮による機捜や所轄の警察も一斉に動き始めた。スパイダーの糸巻(金井勇太)もフル稼働。あまり触れられないが、副隊長の谷山(坂田聡)も誠実で本当によく働く人物だ。

 屋形船に逃げ込んでいた久住を追い詰める伊吹、志摩、九重。しかし、久住は橋桁で自分の頭を打ち、それを警察による暴行に仕立てようとした。虚偽のストーリーを作って人を操るのはお手のもの。しかし、頼みの友人たちはドーナツEPによって正気を失っていた。自分の作り上げた世界を目の当たりにした久住は、一瞬にして絶望する。

「こんな世界にしたお前を、俺は一生許さない。許さないから、殺してやんねー」

 伊吹の言葉は、殺人を犯した自分の恩師・蒲郡(小日向文世)を思ってのものだろう。許さないから殺すのではなく、許さないから殺さない。久住に対して「生きて罪を償え」と言っているのだ。

 観念した久住が、それまでの不敵な表情から、まるで純真な少年のような表情に変貌していたのには驚かされた。まさに魔少年。菅田将暉という役者の変幻自在な魅力が凝縮されていた。

『MIU404』の持つ確固たるメッセージ

「俺は――お前たちの物語にはならない」

 事件は解決した。しかし、逮捕された久住は、取り調べに一切応じずに黙秘を貫いていた。虚偽のストーリーを作るのが得意な久住なだけに、他人が自分について虚偽の物語を作るのを嫌がったのだろう。

 そして、時は流れて2020年・夏。世界を想定外のウイルスが飲み込んでしまった。伊吹と志摩は巨大な「ゼロ」地点である新国立競技場を見ながらこんなことを言う。

「まぁ、間違えてもここからだ」
「そういうことー! 機捜404、ゼロ地点から向かいます。どうぞー!」

 人間にはいろいろな「スイッチ」がある。毎日が偶然と選択の連続だ。もちろん、間違えることもある。だが、最悪の事態になる前に気づくことができれば、小さな正義を一つひとつ拾っていくことができれば、明るい未来へとたどりつくはずだ。

 2019年という舞台設定は、『MIU404』が架空の世界のエンターテイメントではなく、架空でありつつも現実と地続きの真摯なエンターテイメントであることを示していた。社会問題をテーマとして取り扱うだけでなく、そこには確固たるメッセージがある。

 権力を持つ者が法を破り、金を持つ者が金のために悪事を重ね、SNSには陰謀論とフェイクニュースが溢れかえって、真実も道徳も動作しない、正論と暴論の分類さえできやしない今の日本社会に対して、エンターテイメントという形で敢然と異を唱えた『MIU404』は、本当に貴重な存在だった。

『MIU404』これまでのレビューを読む

→『MIU404』第1話!走る綾野剛×理性的な星野源のバディで最高の刑事ドラマ誕生の予感

→『MIU404』第2話|1話の「動」と対照的な「静」でも魅せた綾野剛&星野源に涙腺崩壊

→『MIU404』第3話|菅田将暉が突如登場に視聴者騒然するも見所はそれだけじゃない!

→『MIU404』第4話|か弱いウサギの最後の反撃に日本中が共感、涙

『MIU404』第5話|野木亜紀子脚本が斬り込むリアルな社会の闇に騒然 

→『MIU404』第6話|綾野剛が星野源に「まあ、安心しろ。俺の生命線は長い」手のひらの明るさ

『MIU404』第7話|伊吹×志摩に流れる空気感が変わった!社会問題満載のテーマ展開に驚嘆、感涙

→『MIU404』第8話|『アンナチュラル』とのリンクに興奮、小日向文世の表現力に震撼

→『MIU404』第9話|「間に合ったぁっ!」感動のあまり最終回かと思った

『MIU404』第10話|菅田将暉は人々を悪の方向に一押しする「スイッチ

 

『MIU404』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)

文/大山くまお(おおやま・くまお)

ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。

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