『MIU404』第4話|か弱いウサギの最後の反撃に日本中が共感、涙
綾野剛と星野源、最高バディ誕生の刑事ドラマ『MIU404』(TBS金曜夜10時)。ふたりの対照的な個性がますます魅力的に迫って来た。4話は、1億円を持ったまま逃げ回る謎の女性を追いかける緊張の展開の中に、星野源演ずる志摩の闇がのぞいてゾクリとする瞬間もあった。ふたりの関係もストーリーも、謎をはらんで深まるストーリー。野木亜紀子ドラマを追いかけてきた大山くまおさんが考察する。
今夜放送第5話の前にじっくりおさらいを。
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女隊長・桔梗ゆづるの戦い
「脚本を読んだときに、あまりに感動しすぎて、野木さん(脚本の野木亜紀子)にものすごい長文(のメール)を送ったんですよ」
星野源がラジオでこう語ったドラマ『MIU404』第4話。正反対のタイプのバディ刑事、伊吹藍(綾野剛)と志摩一朱(星野源)が事件解決に奔走する「機捜エンターテイメント」だ。
第4話のタイトルは「ミリオンダラー・ガール」。男たちだけじゃない、女も戦っている。
「賭けてみます。今まで勝ったことないけど」
銀座で発砲による殺人未遂事件が発生。被害者の女性も加害者の男性たちも現場から行方をくらましていた。被害者の名前は青池透子(美村里江)。彼女は1億円ほどと見られる現金を持って逃げていたが、追手の暴力団員から銃弾を浴びて出血していた。
青池はかつて裏カジノでホステスとして働いて逮捕された前科があった。そのときの捜査に深く関わっていたのが4機捜の隊長、桔梗ゆづる(麻生久美子)。桔梗は青池が実は裏カジノ事件の被害者でもあることを知っていた。青池は男に連れられて訪れた裏カジノで多額の借金を背負い、風俗に沈められて裏カジノでも働いていたところを検挙されたのだ。
裏カジノのオーナー、通称「エトリ」は逃亡。警察に協力した情報提供者、羽野麦(黒川智花)は危険に晒され続けていた。パトカーの中で、羽野は桔梗にこう呟く。
「許せなかっただけです。女の子たちが酷い目に遭わされてるのが」
2人の目の前で連行されていったのが青池だった。
組織犯罪対策部を指揮して裏カジノの摘発を行った我孫子豆治(生瀬勝久)は、「より多くの人間を救うため」「私たちは常に多いほうを取るしかない」として、羽野を救おうとした桔梗と対立する。責任を感じた桔梗は羽野を自宅で匿い続けてきた。羽野を救うため、そして青池がなぜ再び犯罪に巻き込まれているのかを知るため、桔梗は前線で指揮をとる。犯罪者と戦っているのは伊吹と志摩だけじゃない。女たちの戦いが今後のストーリーの大きな軸になりそうだ。
我孫子はソフトな物腰だが、常に多数を優先して、少数を犠牲にすることをいとわない。そういえば前回、桔梗に「さすが女性は細かいことに気がつく」と発言して「今、女性関係ありません」とピシャリと否定されていた。彼は警察という巨大な組織にある男社会の象徴的な存在のようだ。そうでなければ刑事部長なんて役職にはたどり着けないのだろう。
1億円を入れたカートを引き、出血しながら逃げる青池。彼女が手をついた看板の「女」という文字がべっとりと血で染まる。あまりにも象徴的なショットだった。
青池透子の絶望と死、そして「強烈なキック」
海外に逃亡するため、空港までバスで逃げようとした青池だったが、伊吹と志摩が追いついたときには失血で死亡していた。その後、青池がSNSで呟いていた言葉が明らかになる。誰ともつながっていない、「自分用のメモ」。それは悲しいものが多い。
「前科あると何もできないって本当だね」「派手なことはせず地味に生きていく」「今日のご飯は一汁三菜揃ってる」「貧乏は健康志向笑」「前科がある分誰よりもしっかり働こう。」
それでも紹介された会社で真面目に、地道に働きはじめた矢先、自分の会社が暴力団のフロント企業だとわかってしまう。「笑ってしまう。」「わたしはまた、ボーの下で働いていたのか。」。青池は部屋でひとり、声を殺して泣く。社長の冴羽(福田転球)からは「バカな女」だと思われているとわかっていながら、心を殺して悪事に手を貸していく。「もう風俗には戻りたくない」と思い、質素な食事を口にする。社会の片隅で、そうやって生きていくしかない。
「献金もらった政治家も、賄賂もらった役人も起訴されないんだって。金持ちの世界、どうなってんの? 私なんて手取り14万円で働いてるのに。草」
今の日本で生きている人たち――特に女性、若者、マイノリティ――なら、多くの人が青池のようなことを思い浮かべた経験があるのではないだろうか。すり潰され、バカにされ、時には心と身体を汚されながら生きていくしかない。
青池透子は横領という手段で反抗した。「どうせ汚いお金だ。汚い私が使って何が悪い」「どこならきれいに生きられるだろう」。彼女が反撃しようとした相手は、自分を使う暴力団だけではない。金持ちが金のために悪事を繰り返し、悪事をはたらいた権力者がのうのうとのさばって、声の小さい力の弱いものばかりが虐げられる、この社会、この世界そのものだ。
「ウサギってさ、追い詰められると、狼も真っ青な強烈なキックを繰り出すんだって」
野生のバカ、伊吹がアニマルチャンネルから学んだこと。それはか弱いウサギが見せる最後の反撃と、「そいつの本性を知るには、生死がかかった瞬間を見るといい」ということ。青池の「強烈なキック」とは、奪った1億円で真っ赤なルビー2つを買ったこと。そしてそれを、警察からも暴力団からも奪われず、遠い国の少女を救う慈善団体に寄付すること。満面の笑みでルビーを埋め込んだウサギのぬいぐるみを託した青池は、バスの中でSNSにこう記していた。
「弱くてちっぽけな小さな女の子」「逃げられない何もできない」「そんなの嘘だ」「自由になれる」「わたしが助ける」「最後にひとつだけ」
青池透子は精一杯、逃げて、逃げて、「賭け」に勝った。ぬいぐるみのウサギを乗せた運送会社の車をバスの中から見届けて、息絶える。彼女は悲劇のヒロインではない。生死がかかった瞬間に本性をさらけだして、自分の思う正しいことを完遂した。これはハッピーエンドだ。
星野源はラジオで「社会に規定されない、彼女の中だけにあるハッピーエンド」と語った。「彼女の中では本当にやりたいことをやり遂げて、自分の生きる意味を心の底からガッチリ掴んだ瞬間に死んでいる」「それがね、すごく胸が熱くなったんですよね。それをテレビでやるんだ!って」。
青池透子は自分だ。テレビを見ながらどれだけの人がそう思ったのかわからない。だけど、テレビという多数のためのエンターテインメントメディアが、自分たちのような人のことを忘れないでいてくれる。そう思うだけで、心強く感じる人は少なくないはずだ。エンターテインメントは、単なる絵空事のフィクションではない。強度のあるエンターテインメントほど、現実に手を差し伸べてくる。野木亜紀子脚本のドラマは、常にそう感じさせてくれる一級のエンターテインメント作品ばかりだ。
志摩一未の深い闇
時を戻そう。バスに追いついたものの、拳銃を追手の冴羽に突きつけられた志摩は、動じることなく相手の拳銃を掴み、さらに自分の額につきつけてみせた。間一髪で伊吹のキックにより難を逃れたが、志摩は責める伊吹をふてぶてしくかわす。「そいつの本性を知るには、生死がかかった瞬間を見るといい」という言葉にならうなら、これが志摩の本性だ。
「合点承知の助」
「お前がそう言うときは合点してないときだ」
これは伊吹に防弾チョッキをつけるよう告げたときの会話。「あんな真似、二度とすんじゃねぇぞ」とシリアスに凄む伊吹に、志摩は「合点承知の助」と返す。志摩は合点していない。彼は死を恐れない。むしろ、死を招き入れようとしている。志摩の抱える闇は、彼の過去と大きく関わっているはずだ。
「エトリ」をめぐる桔梗の戦い。
志摩が抱える過去と闇。
「ドーナツEP」を持つ謎の男、菅田将暉。
1話完結を謳いながら、すでに3つのストーリーが走りはじめている。この後、どのように交錯していくのかが楽しみでならない。
『MIU404』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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