65才を超えたら「夜ふかし・朝寝坊」がいい理由を専門医が解説「高齢者の快眠・健康習慣10選」
「早寝早起き」は健康な生活習慣と考えられているが、高齢者にとっては“真逆の生活”の方が体によかった?ーー規則正しい生活をしているはずなのにどうしても疲れがとれない、寝た気がしないと思うあなたに贈る、体と脳を休ませる本当の快眠術を紹介する。
教えてくれた人
上昌広さん/医療ガバナンス研究所理事長・内科医
坪田聡さん/睡眠専門医
和田秀樹さん/精神科医
65才を過ぎたら「夜ふかし・朝寝坊」がいい理由
各地で梅雨入りとなった。東京都在住の主婦・田所春子さん(仮名・67才)は「これでまたひとつ悩みが増えた」とこぼす。
「健康のために早寝早起きを心がけているのですが、湿度が高く蒸し暑い時期はなかなかうまくいかなくて。早めに布団に入っても寝つけないまま数時間経っていることもあるし、眠りが浅いせいか朝もやけに早く目が覚めるけれど、しっかり体を休められていないから、日中はずっとだるいし疲れやすい。
布団に入る時間と起きる時間だけで言えば、健康的な生活をしているはずなのに、まったくその効果を感じられないのです」(田所さん)
年を重ねるほどに健康への意識が高まり、田所さんのように早寝早起きを実践する人は増えていく。実際、睡眠計測アプリを運営する「熟睡アラーム」が行った調査によると60代女性の平均起床時間は6時30分。20代女性と比較すると30分近く早まっている。
一方で睡眠に悩みを抱える高齢者は多い。厚生労働省が3月に公表した「健康日本21(第三次)」によると、「睡眠による休養を十分にとれていない者の割合」は増加傾向で、特に50代以降の中高年の寝不足の増加が著しかった。
医療ガバナンス研究所理事長で内科医の上昌広さんは「不眠と思い込んで相談にくる患者の中には“早寝早起き”が多い」と話す。
「早朝覚醒がつらい、眠れないと相談に来る人が少なからずいますが、その中のほとんどが早寝を意識して早く床についた結果、夜中から早朝に目が覚めているだけ。そういった場合、眠る時間を後ろ倒しにするだけで睡眠における満足度が大きく変わります。
つまり年を重ねるほど、“夜ふかしして朝寝坊”が睡眠における最適解になるのです」
高齢者の早寝早起きのデメリット「早起きは血管病のリスクも」
睡眠専門医の坪田聡さんも「高齢者の早寝はデメリットが多い」と話す。
「特に、“夜、することがないから早めに寝床に入る”のはおすすめしません。睡眠の悩みを抱えるシニアほど、早い時間帯から眠ろうとする人が多いのです。
また、早寝の人は食後からあまり時間をおかずに寝ることになりますが、食後は胃腸が活発に動くので深部体温が高くなり、眠りが浅くなる。それにより夜中に何度も目を覚ます『中途覚醒』の回数が増えるという悪循環に陥ります」
実際、睡眠の質を左右するメラトニンの分泌は午前0〜6時にもっとも多く分泌するとされるので、遅くまで起きてこの時間に寝るのは理に適っている。
さらに、メラトニンには代謝を調節するなど健康を維持する重要な役割を持つ成長ホルモンの分泌を促す力もある。夜ふかしして午前0時を回ってからしっかり寝るのは、寿命を延ばすために重要なことだといえるだろう。
また、実際に「早起き」よりも、実は「朝寝坊」の方が健康リスクが少ないことがわかっていると坪田さんは続ける。
「早起きする高齢者は心疾患や脳卒中リスクが高いというデータがあります。原因はまだわかっていませんが、早朝覚醒で行動を始めると血圧が上がるためではないかと思われます」
たとえ夜ふかしになったとしても眠くなったら布団に入り、朝は日が昇った後にゆっくりと目覚めるーーそんな生活こそが、健康長寿の要なのだ。
「“遅寝遅起き”をした結果、昼夜逆転になったとしても本人が悠々自適に過ごしていれば健康上は問題ありません。
国際的に見ても日本は圧倒的に短時間睡眠の国民です。それでもトップクラスの長寿国なので、最終的には自分のライフスタイルを優先する方が健康にいいといえます」(上さん)
睡眠薬よりも3時間睡眠。「無理して早寝」でうつ病に
高齢者の中には、質のよい睡眠をとるために、睡眠薬に頼っている人もいるが、それは大きな間違いだと専門家たちは声を揃える。千葉県在住のパート・戸田幸子さん(仮名・68才)が昨夏の出来事を思い出す。
「体のことを思って“夜早く寝ないと”“しっかり眠りたい”と思うけれど、うまく入眠できなくて、心療内科に“眠れない”と相談したら、睡眠薬を処方してもらいました。のんでみると効果はてきめんでトイレに起きた後もすぐにまた眠れるようになったのはよかったのですが、昼間も眠気が抜けない。気を抜くと眠りそうになるんです。
その状態で車でスーパーに買い物に出かけたら、運転中に眠りかけて赤信号なのに交差点に入りかけました。かかりつけ医に相談したら睡眠薬の副作用だと言われ……。眠れなくなることよりも事故を起こす方が怖かったので、すぐに使用をやめました」
精神科医の和田秀樹さんが説明する。
「睡眠薬といってもその多くは寝つきだけを改善する入眠剤であり、睡眠を深くする効果があるわけではないため、中途覚醒をあまり防いではくれない。睡眠薬をのんでも夜中に起きることには変わらないのです。
また、薬の効果が残っている状態で起きるとふらつきやすく、転倒骨折のリスクもあるので高齢者には危険。最悪、それがきっかけで寝たきりになることもあります」
つまり薬に頼るよりも、自然な眠気が訪れるまで夜ふかしした方が、健康効果が高いと言える。
「その結果、睡眠時間が著しく減ったとしても副作用に悩みながら睡眠薬をのむよりはよっぽどいい。
そもそも“8時間睡眠が健康”などといわれますが、睡眠時間は生活上困らなければ気にする必要はありません。極端に言えば不眠が直接の原因で死んだ人はいないので、たとえ3時間しか寝られなかったとしてもそこまで思い悩む必要はありません」(和田さん)
むしろ不眠であることを過剰に悩む方が余計に不眠がひどくなると和田さんは続ける。
「そもそも子育てが終わり、仕事も退職して、やらないといけないことがひと段落した高齢者は自分の健康管理がいちばんの関心事になる。そうなると若い頃と比べて減った睡眠時間が気になり、不眠かもしれないと不安を募らせます。
その不安がストレスとなって寝つきが悪くなり、不眠が悪化したことでさらにストレスをため込む負の連鎖が生まれます。そうして肥大したストレスは、うつ病や神経症などの病気の原因につながる場合もあるのです」
坪田さんも睡眠時間を気にしすぎることは百害あって一利なしだと首を縦にふる。
「特に高齢者は日中の活動量が減るため、長く睡眠をとらなくても体力の回復は充分に可能です。
だから時間よりもリズムを意識してほしい。睡眠には体内時計によって作られ、決まった時間に眠りやすくなる『睡眠リズム』による眠りと、眠たくなる『睡眠物質』が蓄積することで起きる眠気の2種類があります。夜ふかしして睡眠物質が蓄積されれば、そのうちに否応なく眠くなる。そこに生活習慣を見直していいリズムを作ることができれば、おのずと快眠が可能になります」(坪田さん)