どう生きるかより、どう死ぬか「QOD(死の質)」に注目 エリザベス女王、坂本龍一さんらが準備した「理想の逝き方」とは
『僕のコーチはがんの妻』の著者で、元朝日新聞記者の藤井満さんは2017年に妻・玲子さん(享年51)が進行性のメラノーマ(悪性黒色腫)と診断された。その後、がんは肝臓やリンパなどに転移。それは余命幾ばくもない状態であることを意味していた。
「転移が進んでも投げやりにならず、少しでも楽しいことを大事にしようと思いました。ぼくにできるのは何だろうと考え、出会ってからの出来事を毎日手紙に書いて妻に渡しました。それを読んでいる間は病気のことを忘れられるかなって」(藤井さん・以下同)
転移が進み、死が近づくなか妻が託したのは「料理」だった。料理が得意だった玲子さんはレシピを書いて満さんに調理を任せ、「順番が違う」「なんやその手つきは!」と鬼コーチぶりを発揮した。
「ぼくは最初、単純に治療中は妻が家事をできないから代わりに料理ができるようになればいいと軽い気持ちだった。だけど病状が進行するにつれ、彼女は自分の“行く先”が見えていたから“いまのうちに教え込まなきゃ”と本気で料理を叩き込もうとした。そのときは気づかなかったのですが、自分がいなくなってもぼくが食べるのに困らないよう、料理を教えようとしたんです」
1年間の闘病生活の中で玲子さんが教えた料理は約150点。亡くなる10日ほど前、藤井さんが保存用ポタージュスープを作ると、玲子さんは「おいしい~。ミツルの料理、はじめておいしいと思った!(料理を)しこんどいてよかった」と笑顔を見せた。
死と向き合った玲子さんは、別の終活も進めていた。
「入院中、妻は葬儀社の人と面会して自分の葬儀の段取りをつけました。会葬御礼はモロゾフのクッキーや紅茶とコーヒーのセットで洋風のおしゃれなものにしたい、棺はシンプルに、骨壺は高さ8cmの小型のもので、香典は受け取らない。夜の料理はこれ、昼はいちばんいいものをと注文し、音楽はバイオリンを習っていたので『G線上のアリア』を流してほしい。そして亡くなったことを伝えるのはこの人たちということまで詳細に残しておいてくれました」
2018年9月、「短ければ数週間」と宣告された藤井さん夫婦は在宅での看取りを選び、その後、玲子さんは自宅で息を引き取った。通常2時間以上かかるといわれる葬儀社との打ち合わせは“事前準備”のおかげで40分ほどで終わったという。藤井さんは妻の終活を「大したもんやな~と思います」と振り返る。
「最後までぼくのことや友人らのことを思いやっていた。葬儀も自分の好みを伝えてくれたから変な迷いを残さずすみました。彼女に料理を叩き込まれなかったら、いま頃ぼくは酒に溺れてアルコール依存症になっていたかもしれません。料理は『生きる力』だと感じました」
得意料理を残せばいつまでも夫のそばにいられる―その思いも玲子さんのQODを高めたのかもしれない。玲子さんの死後、自宅の机の引き出しから見つかった遺書にはこう書かれていた。
<好きなものずっと作ってあげたかった。いつもなんでもおいしいと言ってくれてありがとう>
→1本のFAXが、すぐ死ぬはずの妻を2年半救った シリーズ「大切な家族との日々」
撮影/本誌写真部 写真/時事通信社
※女性セブン2023年6月8日号
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