1本のFAXが、すぐ死ぬはずの妻を2年半救った シリーズ「大切な家族との日々」
このシリーズでは、大切な家族を最後まで支えた人たちのリアルな経験をお伝えする。本当は思い出すのが辛いことを、これから介護する人のお役に立てればと、あえて克明に語ってくれた一人目は、山城辰也さん(57才)。妻の奈緒美さん(享年48)は3年前に胃がん肉腫で亡くなった。がん専門病院に、どうすることもできないと宣告されたのが2013年。そこから夫婦のたたかいの日々が始まった。
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「あの医師の言葉を鵜呑みにしていたら、妻はそのまますぐに死んでいた。家族4人が自宅で2年半を暮らすようにできて、よかったと思います」と山城辰也さん(57才)は言う。妻・奈緒美さん(享年48)が亡くなるまでの道のりには、介護にあたって私たちが直面するかもしれない日本の医療の現実がある。
「8割は仲良く2割は喧嘩している」普通の夫婦が
「同期入社の妻は5才下で、かわいいなと思いました。素直で飾らない性格で笑顔が明るくて。しばらく付き合って1993年に結婚しました。海外旅行に行ったりしながら夫婦二人の生活を5年ぐらい楽しんで、そのあと娘二人が生まれました。8割は仲良くしていて2割は喧嘩している。妻の病気のことがなければ、典型的な普通の家庭だったと思います」
電子機器の設計をするエンジニアの山城さんは、1988年に大学院を卒業してコンピューターメーカーのY社に就職。そこで出会った奈緒美さんと結婚する。
亭主関白で知られる九州出身の夫と、5才年下とはいえ喧嘩したら絶対に自分のほうからは折れない結構気の強い美人の妻。たまにぶつかりながらも相棒のような関係だった。山城さんは結婚直前に会社を辞めて独立。周囲が心配する中、奈緒美さんは少しも揺らぐことなく山城さんを支え続けた。
胃カメラを飲んでも異常なしと言われたのに
風邪もひかないぐらいに丈夫だった奈緒美さんが、体調がよくないと言い始めたのは結婚から20年近くたった2011年のことだった。近所の内科に行って異常はないといわれる。
2012年には胃に激痛が起こって病院に行き、胃カメラを飲んだりして検査を受けたが、再び異常なしと言われる。
「ところが、2013年になってどうもおかしいと別の病院でCTを取ったら、腫瘍があると言われたんです。胃がんなら胃の内側にできるので、胃カメラを飲んだ時に一発でわかったはずなのですが、妻は、胃の外側に腫瘍ができていました」
がん専門病院に行くことにしたが、診察を受けるためには3週間待ち、救急窓口に行っても2週間待ちになるという。
ようやく診てもらえたのが3月の終わりだった。それから細胞を取って検査するまでに2週間。容体が悪いのに何にもできないでやきもきする状態が1か月以上続く。
結局、細胞の検査結果が出て、胃がん肉腫だと診断されるまでには、がん専門病院の受診を決めてから2か月もかかった。
「抗がん剤をやっても効きませんよ。緩和ケアをお勧めします」
「これは治りません、方法がない、薬もない、と言われました。抗がん剤をやってみてもいいけど、髪の毛が抜けるし気持ちが悪くなるだけでほぼ効きませんよ、と。研究報告例も12例しかない。緩和ケアに行くことをお勧めすると言うんです。たくさんの患者ひとりひとりに気を遣っていられないんでしょうね。本人がいてもずばずば言う。緩和ケアの話をどんどんする。
その専門病院に6月ぐらいまでいました。あの時諦めていたら、その年に死んでいたでしょう。でも死んでほしくないという気持ちが強かった」