有村架純×林遣都『姉ちゃんの恋人』8話「この世界は愛だけで成り立っているわけじゃない」弟のモノローグが切ない
NHK朝ドラ『ひよっこ』の脚本家・岡田惠和とヒロイン・有村架純がタッグを組んだ話題作『姉ちゃんの恋人』8話。真人(林遣都)が前科を負うきっかけとなった元恋人と再会。桃子(有村架純)もその場にいて、真人がトラウマを克服する瞬間に立ち会う。だが、幸せに向かって歩き始めた二人は避けようのな暴力に遭遇……。ドラマを愛するライター・大山くまおさんが振り返ります。
香里の物語も描いてほしかった
有村架純、林遣都主演のドラマ『姉ちゃんの恋人』は今夜が最終回。恋人同士になって、幸せに過ごす彼らの日々をもっと見ていたかったけど、実は幸せを掴むのと日々の幸せを守るのって、本当に大変なことだと思わされたのが先週放送された第8話だった。
デートに出かける途中の桃子(有村)と真人(林)が、真人の元恋人の香里(小林涼子)と偶然出会う。香里は真人とデート中、暴漢に襲われて強姦されかけた過去がある。香里を守ろうと真人は角材で暴漢を殴ってケガを負わせたが、香里は偽りの証言をしたことで真人は傷害罪で逮捕され、2年服役した。そんな2人が再会を果たした。
香里は「私、謝らないと……」と切り出す。「だって、許せないでしょ、私のこと」とも言っていた。彼女はれっきとした被害者だが、真人に対しては加害者である意識が強い。自分が真実を証言していれば、真人は刑務所に送られずに済んだかもしれない。服役中に真人の父親が自殺したことも知らされていたのだろう。
でも、真人にとっては、香里が今、幸せであることのほうが大事だった。香里の返答はないが、真人は何度も聞く。香里の幸せにこだわる理由はこうだ。
「君が幸せでいてくれないと、俺が耐えたことが無駄になってしまうし、幸せでいてくれないとさ」
真人は桃子に「乗り越えたいんだ」と言っていた。香里と向き合うことは自分の過去と向き合うこと。今の真人は桃子と恋人になれて幸せを感じているが、自分の過去と向き合い、乗り越えたとき、初めて心から幸せを感じることができる。
「うまくいかないことあっても、幸せになることから逃げないでくれ。そうすれば俺は、君を守れたことになるから。お願いします」
香里が真人の言葉を受け入れる頃、彼の手の震えは止まっていた。過去のトラウマを克服したのだ。
では、香里は過去を克服したのだろうか? あんな目に遭えば、外にも出たくなくなっても不思議じゃない。でも、今、彼女は一人で外に出て仕事をしている。誰かの支えがあって、時間が経過して、なんとか立ち直って、真人への贖罪だけが残っていた。きっと彼女にも、ものすごく辛くて重いここまでの道のりがあったはずだ。もっと香里の物語も描いてほしかったというのが率直な感想である。それだけ重い出来事を描いているのだから。
憎むべきは真人と香里を不幸に追い込んだ暴力だ。だが、避けられない不幸もある。コロナ禍がまさにそうだろう。桃子もかつてこう言っていた。
「しょうがないと思うんですよ。起きてしまったことは。大事なのは、その後どう生きるかだから」
桃子も、真人も、香里も、彼らを見ている我々も、起こってしまったことを受け止めて、どう生きるかが大事ということ。だけど、それは本当に大変で辛いことでもある。
「ふっとそっちへ行った人」を肯定する
桃子が働くホームセンターでは、クリスマスキャンペーンの真っ盛り。とはいえ、それはキラキラしたものではなく、キラキラしたものが眩しすぎて輪に入れない人にも優しいもの。
サンタ役の山辺(井坂郁巳)がお菓子をあげていた輪の外にいた女の子を演じていたのは、三浦春馬主演のドラマ『TWO WEEKS』で主人公の娘役だった稲垣来泉。ポケットから同作で主人公と娘をつなぐ重要な役割を果たしたぬいぐるみ「レッピー」が顔をのぞかせていたことから、同一人物と考えられる。
『TWO WEEKS』と『姉ちゃんの恋人』のプロデューサーは全員同じであり、8話の演出をした本橋圭太が『TWO WEEKS』のメイン監督を務めていたことから実現したコラボだ。稲垣はインスタグラムに「ずっと一緒」と記していた。優しいドラマだね。
優しいといえば、真人の母親、貴子(和久井映見)もいつも優しい。桃子と一緒に家族のアルバムを見ている最中、真人の父親について語り始める。真人の父親は学校で教頭をしていたが、真人が罪を犯したことを責める投書があり、職を辞した後、自殺していた。
夫は職を失ったから自殺したわけではないと静かに、確信を持って語る貴子。彼は「息子から謝られるの、嫌だな」と漏らしていたという。予期せぬ暴力に巻き込まれ、恋人を責めることもせずに刑に服した息子がこれ以上苦しむところを見たくない。その気持ちから逃げたくて、死んだ。
「私はぜんぜん責める気になれない。人間にはあると思うから、そういう瞬間が。ふっと楽になりたくて、そっちに行ってしまうときがね、あるんだと思う。主人はそっちへふっと行ってしまった。それだけのこと」
こう話している貴子を、父親の写真が後ろから見ている。貴子の言葉を聞いて、桃子は涙を流す。きっと、自分もそういう気持ちになったことがあるのだろう。そんな自分を責めたに違いない。貴子は死んだ夫も、桃子も、たくさんのふっとそっちへ行ってしまった人たちも一緒に肯定してくれた。
貴子は「起きてしまったことを、なかったことにしたりとか、聞かないほうがいいだろうとか、そういうのではないふうになれたらうれしいな」と言ってから桃子に語り始めたのだが、やっぱり起きてしまったことをそのまま受け止めて、どう生きるかについて語っている。
再び真人を襲う暴力の意味
8話の終盤、再び真人を暴力が襲う。今度は桃子と一緒だ。本当にささいなことがきっかけで苛烈な暴力をふるわれる。暴力をしっかり描く演出が施されていて、観ていて本当に心が辛くなるシーンだ。それでも真人は無抵抗のまま、必死に桃子を守り抜いた。そこへ和輝(高橋海人)のモノローグが重なる。
「この世界は愛だけで成り立っているわけじゃないし、いい人だけしかいないわけじゃない。一歩道を曲がれば、そこには得体の知れない悪意とか暴力があって。それはきっと、なくなることはなくて」
真人が再び理不尽な暴力に遭うこと、何も抵抗できなかったこと、警察にも通報しなかったことなどに対して引っかかる視聴者が少なからずいたように思う。自分が当事者なら何とかして通報しようとするし、泣き寝入りはしない。とはいえ、最初の暴力は繁華街、次の暴力は地元で起こっており、逃げ場はないとも感じる。
真人たちが浴びた暴力は、大きな意味での「悪意と暴力」のメタファーだろう。いくら本人が乗り越えたと思っても、前科者というレッテルは貼られたままであり、今後SNSや世間に渦巻く悪意に晒されることもあるはずだ。新型コロナウイルスには悪意はないが、暴力的に人々の暮らしを破壊していく。もちろん、ダイレクトな暴力や悪意に襲われることもある。立ち上がれないほど大きなダメージを負うこともあるだろう。和輝のモノローグは続く。
「僕らにできることは、誰かにしっかりつかまって、誰かとしっかり手をつないで、自分たちを守るしかないんだ。でないと、不幸への落とし穴はそこらじゅうにある。でも、大切な人、守るべき人が一人増えれば、その分、世界はいい方向へ向かう。そういうことだよね」
ソーシャルディスタンスが新しい日常となる中、人と人の心のディスタンスは近づけておいたほうがいい。恋愛はその大きなきっかけ。それが『姉ちゃんの恋人』というドラマのメッセージだろう。和輝の言葉はそれを端的に示している。
「僕らはどんな嫌なことだって、楽しいことに変えてしまえる力を持っているんだ。それを“強い”っていうんだ。そうだよね、姉ちゃん」
この言葉は、ちょっとすごい。“強さ”はなかなか得られるものではないだろう。モノローグは20歳の若者である和輝という役柄のフィルターを通しているので、いくら彼が両親を亡くした過去があるとはいえ、多少ポジティブかつ能天気なものになっているのかもしれない。この世には和輝が想像するより、ずっと深い悲しみや辛さがある。
今夜は最終回。先週が辛かった分、思いっきり「幸せ」の形を見せてほしい。
『姉ちゃんの恋人』これまでのレビューを読む
→コロナ禍の家族ドラマ『姉ちゃんの恋人』1話『ひよっこ』脚本家と有村架純の名タッグが嬉しい
→有村架純×林遣都『姉ちゃんの恋人』2話。しゃがみ込む桃子、触れようとした手を下ろす真人。過去に何が?
→有村架純×林遣都『姉ちゃんの恋人』3話。幸せな風景に気後れする人たちを癒やす
→有村架純×林遣都『姉ちゃんの恋人』4話「弱い人に優しい人でいてほしい」…今、当たり前が踏みにじられている
→有村架純×林遣都『姉ちゃんの恋人』5話。背負った十字架…でも誰かが話を聞いてくれる世界は美しいはず
→有村架純×林遣都『姉ちゃんの恋人』6話。手を繋いで観覧車をもう一周…幸せな未来を願わずにはいられない
→有村架純×林遣都『姉ちゃんの恋人』7話「「世界中が敵でも、俺たちだけは味方だから」姉の幸せを願う弟たち
『姉ちゃんの恋人』番組公式サイト
『姉ちゃんの恋人』は配信サービス「FODプレミアム」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
●『北の国から』は父の視点、子の視点、母の視点…あらゆる視点を内包する傑作である