コロナ禍の家族ドラマ『姉ちゃんの恋人』1話『ひよっこ』脚本家と有村架純の名タッグが嬉しい
10月27日スタートしたドラマ『姉ちゃんの恋人』は、NHK朝ドラの名作『ひよっこ』の脚本家・岡田惠和とヒロイン・有村架純がタッグを組んだ話題作。有村架純の役どころは、3人の弟を養う姉ちゃん。ドラマは「コロナ禍」の現実とシンクロしているような? ドラマを愛するライター・大山くまおさんが各話追いかけて行きます。
ラブコメディー×ホームドラマ
フジテレビ系で火曜9時から始まった新ドラマ『姉ちゃんの恋人』。有村架純と林遣都のフレッシュなコンビによるラブコメディーだ。
「ラブコメ」と言われるとちょっと苦手意識がある人もいるかもしれないが、タイトルに示唆されているように「家族」の要素がかなり大きなウェイトを占めているのがポイント。ラブコメと昭和の頃に流行したホームドラマのかけあわせと考えてもいいと思う。
また、コロナ禍がまだ収まったとは言えない2020年の秋を舞台にしていることにも注目したい。朝ドラ『ひよっこ』などで有村と組んできた日常を描く名手・岡田惠和が脚本を務めていることもあり、今ここにある「新しい日常」を描くドラマとしても楽しめそうだ。
昭和な感じの登場人物たち
主人公の安達桃子(有村)は、両親を事故で亡くして女手ひとつで弟3人(高橋海人、日向亘、南出凌嘉)を養う、明るくてちょっとガサツな27歳。イメージは、波平とフネとマスオがいないサザエさん。他人から見たら不幸な境遇かもしれないが、愛する弟たちとやりがいのある仕事、良き同僚たちに恵まれて、むしろ幸せそうだ。
勤務先のホームセンターのクリスマスプロジェクトのリーダーに選ばれた桃子は、会議の場で配送部勤務のシャイな男・吉岡真人(林遣都)と出会う。父を亡くし、母・貴子(和久井映見)と2人で暮らす真人は、なんだかちょっとワケありのよう。クリスマス企画で、真人の提案と自分の提案が偶然一致していたことに心のつながりを感じた桃子は、やがて彼に惹かれていくことになる。
ドラマは大きな出来事もなく、ゆったりとしたペースで進んでいく。登場人物にはどこか昭和の雰囲気が漂っていて、桃子は「昭和のお父さん」みたいだと自認しており、弟のサッカーの試合に怒って乱入したりする。いまどきのモンスターペアレンツというより、やっぱり短気でおっちょこちょいだった昭和の頃のサザエさんに近い。
桃子の上司・日南子(小池栄子)は部下たちのプライベートに立ち入ったり、イジったりするなど昭和のコミュニケーション術を駆使している。「飲みニケーション」も健在で誰も断ったりしない。真人の職場の先輩・悟志(藤木直人)は受けない冗談を一方的に言い続けていて、これもまた昭和っぽい。登場人物が誰もスマホを弄っていないのも昭和な感じがする。
食事のシーンが多いのは、かつて「めし食いドラマ」とも呼ばれたホームドラマの大きな特徴。吉岡家は栄養バランスのとれた朝食を母子ふたりで食べる。安達家は合宿のような盛りだくさんの朝食を姉弟4人で食べる。真人の母・貴子が働くのがお弁当屋さんということもあって、今後も食べ物にまつわるシーンは繰り返し登場するだろう。
コロナと家族
江戸川の近くの下町で暮らす昭和っぽい人たちの生活を描いているが、ドラマを見ている最中、何度も2020年の今が舞台だということを思い知らされる。桃子が職場のみんなで飲みに行けるのも久々だし、以前はマスクの争奪戦の最前線にいた。真人は今年の春頃は失業の恐怖におびえていたと振り返り、自分たちが扱う荷物が増えると「嬉しくなる」と微笑みを漏らす。街の灯もようやく戻ってきた。
桃子の親友のみゆき(奈緒)はコロナのダメージが直撃した旅行会社勤務。桃子が会社から特別手当5万円をもらって「泣いた」と言うと、みゆきは「神だね」と讃える。これが令和の若者のリアルな金銭感覚だろう。一方、みゆきは特別給付金の10万円を家族に取られそうになって憤慨していた。家族もいいことばかりではない。
コロナ禍の中で、桃子と真人がそれぞれ何よりも大切にしているのが家族の存在だ。家に帰って弟たちの声が聞こえてくるだけで泣けてくると語る桃子は、「あいつらを幸せにすると決めたんで」と真人の前で断言する。
一方、真人は桃子から家族について問われると、母親のことを「大切」「大好き」「尊敬してる」「幸せにしたい」とてらいなく言う。これまでは、こんなことを言う男性は「マザコン」と女性から蛇蝎のごとく嫌われたが、桃子は真人のことを好ましく見ているのが面白い。
季節はハロウィンからクリスマスへと移り変わる。かつて恋人たちのイベントだったクリスマスは、いまや家族のイベントになった。だから、家族のための商業施設であるホームセンターでクリスマスのイベントが開かれるというわけ。桃子のメモ帳には「クリスマスといえば」「家族、恋人、友人」と記されていた。これが今の彼らの優先順位である。
コロナで傷ついた世界を癒やすものは?
もう一つ、ドラマの中で象徴的に扱われていたのが「地球儀」だ。落っこちて割れた地球儀のミニチュアを真人が修理し、それを桃子が持っている。割れた地球儀のミニチュアは、コロナで傷ついた世界のメタファーだろう。オープニニングでは地球に立った桃子が笑っていた。では、傷ついた世界を癒やすのは何なのか? 桃子の弟・和輝(高橋)はナレーションでこのように語る。
「今、この星に暮らす僕らは、みんな深い傷を負ってしまっていて、誰かとつながることに臆病になっているのかもしれない。でも、きっと僕らには素敵なことが待っている。そう信じて生きていないとダメだよね。そうだよね、姉ちゃん」
誰もが家にこもってしまいがちになれば、人との出会いも少なくなっていく。それでも恐れずにつながりを求めることが大事なのだろう。家族を大切にしつつ、心がつながる恋人との出会いも諦めない。Mr.Childrenの主題歌「Brand new planet」では「静かに葬ろうとした 憧れを解放したい 消えかけの可能星を見つけに行こう」と歌われている。
『姉ちゃんの恋人』は、コロナが世界を覆い尽くす中で、愛する家族と苦い過去を背負った若い男女のラブコメディーだ。人と人のつながりが、傷ついた世界を癒やしていく。大げさかもしれないが、そんなことをこのドラマは真面目に伝えようとしているのかもしれない。
『姉ちゃんの恋人』は配信サービス「FODプレミアム」で視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
●『北の国から』は父の視点、子の視点、母の視点…あらゆる視点を内包する傑作である