兄がボケました~認知症と介護と老後と「第63回 食べられる幸せ」
ライターのツガエマナミコさんは、父母が他界した後50代で若年性認知症を発症した兄を8年以上にわたりサポートし続けてきました。67才になった兄は、現在特別養護老人ホームに入所中ですが、兄のこと、自分の老後のこと、そして父母の供養などツガエ家のことをあれこれ考える日々を送っているのです。
* * *
どうする?父母のお骨
最近うれしくないのは、お米の価格が思ったほど下がらないことでございます。あまりに下がらないので、かさ増しにもち麦を混ぜて炊くようになりました。
もち麦ごはん初心者なのでお米2合(約300g)に対してもち麦1包(50g)の割合でやらせていただいております。
金額的には微々たる節約ですけれども、良かったと思っているのは、お通じがよくなった“気”がしていることでございます。そもそも悪くないお通じ事情に、より一層磨きがかかったといったところでしょうか。
調べてみると、もち麦は血糖値の上昇を抑えたり腸内環境を整えるなど生活習慣病予防に役立ちそうなことだらけ。白米の約25倍の食物繊維を含んでいるというから驚きでございます。ただそれだけに、食べすぎると下痢や便秘を起こしたり、胃腸の弱い人は胃もたれしたり、アレルギー反応が出る人もいるそうなので要注意といったところ。
味も食感も白米だけより好みだとわかり、続けたら痩せられるかもという淡い期待もあって、わたくし的もち麦ブームに入っております。
若いうちは、こんな歳になったらそれほど間食しなくなるものだと思っておりました。が、いやいやどうして前にも増して間食欲の言いなりでございます。それだけゆとりある恵まれた暮らしということでございましょう。
でも本当は痩せたいのでございます。再三申し上げておりますが、成長著しく、ここ10年で10kgぐらい太ったように思います。その重圧で膝に痛みがきて、洋服のサイズは年々上がりっぱなし。中年太りとはまさにわたくしのことでございます。
なくなることのないこの食欲が恨めしい。間食のおやつ代にどれだけ散財していることか。
でも「いっそ食欲なんてなくなればいいのに」と思う度に思い出す言葉がございます。
「食べられることは幸せなことです」
病気を乗り越えた方の心からの言葉でございました。
兄をみてもそう思います。「食べられること」「食べたいと思えること」は当たり前じゃないのだと、今更ながら教えられました。
だからといって食べたいだけ食べていいわけではないですが、食べてしまうことを大罪だと捉えるのではなく、食べられることは喜んでいいことだと発想を改めました。そしてここまで大病せずにきたこの丈夫な身体を一旦ほめてあげるべきでしょう。
ありがとうマイボデー。ありがとう父母!
父母といえば、二人そろって未だに我が家の本棚に納まっております。
父は12年前、母は9年前、お骨になりました。子孫のいないわたくしは当初から海への散骨を考えておりましたが、タイミングを逃してずっと一緒に暮らしております。
先日亡くなった叔母の納骨をしたときに「ところで、お宅のお父さんお母さんのお骨はまだお家にあるのよね? 今日のお寺さんで樹木葬できるみたいよ」と言われました。自信満々に散骨するつもりでいることを伝えると「あれって全部海に流せるわけじゃないんでしょう? テレビで石原良純さんが“オヤジは散骨したけど、ほんの一握りだけだった”って言ってたよ」と従妹。続けて叔母も「お骨がどこにあるか役所に届けなくちゃいけないんじゃない?」と続き、仰天いたしました。一部しか散骨できないなら結局誰でもお墓が要るってことではありませんか。
「役所で聞いた方がいいんじゃない?」の一言でその場は収まりましたが、帰宅してから速効でネット検索いたしました。でも一部しか散骨できない旨は見つけられませんでした。叔母が言うように、今度役所に行って聞いて来ようと思います。
結局、どこか地面に埋めなければならないのなら、散骨する必要がありません。いずれにしても自分の足腰も頼りなくなってきているので数年のうちに決着をつけなければならない、と思っておりますが……。“いつでもいい”が一番やっかい。目下最大の悩みの種でございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現67才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ
