兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第37回 口は災いの元、まさかの…」
若年性認知症を患う兄と同居するライターのツガエマナミコさんが、2人の日常のあれこれを綴る連載エッセイ。会社勤めを辞めた後、ほぼ毎日、自宅のリビングでテレビを見ながら過ごす兄にいろいろ思うところが多いツガエさんだが、今回は、驚愕の事態に陥る!? さて、その顛末とは…。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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2週間以上お風呂に入らなかった兄がまさかの…
わたくしの不用意な発言からまさかの展開になってしまったことをご報告しなければなりません。いや~もう青天の霹靂すぎて、笑ってしまう展開でございます。
かねてより兄があまりお風呂に入りたがらないことは申し上げてまいりました。
これはよくある認知症の症状でもあるようです。服を脱ぐ、髪を洗う、体を洗う、カランからお湯を出したり、シャワーを使ったり…昔はできたことがわからなくなっていることに混乱し、無意識に「入りたくない」というモードになる可能性があるとモノの本で読みました。
兄がそうだかどうかはわかりません。ただわたくしのスタンスとしては「入りたくないなら無理に入る必要はない」と考えてまいりました。しかしながら1週間が過ぎ、2週間めも過ぎ、まさかの3週間に突入するとさすがに「え?どこまで入らない?」となりまして、見れば髪もペトペトで一緒に住んでいる者として放っておけなくなりました。
先日、ついにテレビを観ている兄に「そろそろ髪の毛洗ってね。脂すごいよ」と勇気を出して言ってみたのです。すると返事がありません。「ふ~ん」と返事とも取れない呼吸音とやる気のない空気が漂いました。
アレです。無断欠勤をしていた頃「会社に行かないの?」とわたくしが訊いたときのあの空気感とまったく同じでした。
“またずる休みしたがってるな”と思ったわたくしは、ほんのジョークで「お風呂気持ちいいよ。なんなら洗ってあげよか?」と関西のオバチャン風に言ったのです。
すると数分後、「う~ん」と唸り出したと思ったら「…頭、洗ってもらおうかな~」と言い出したのです。
『えーーーーーっ!?どんだけーーーーーッ!!!!!』
まさか、まさか、まさかの展開に絶句いたしました。
「洗ってあげよか?」「はい、お願いします」とは絶対にならないと思っていたので、その先のことは考えていなかったのです。自分の発言とはいえ、「どうしよう」と焦りました。
兄の裸体など見たくありません。ましてあのペトペトの髪をわたくしが洗う?なぜ?無理―!
“どうかジョークと言ってください”と思いながら、頭をフル回転させて「だけどさ、普通さ、入浴介助なんて介護老人よ。手足が不自由ならともかくさぁ。そんなことないでしょう」と上ずりながら回避の道を手繰り寄せました。
すると、なんと「左腕がさぁ」と腕を抑える仕草をするではありませんか。
“これはウソに違いない”と思ったわたくしは、「それは大変。どんな風に痛いの?」「いつから?」「腕が上がらないわけ?」と矢継ぎ早に質問し「五十歳肩、いや六十歳肩?それともいつの間にか骨折かな。病院行かなきゃじゃん」と心配のフリをしてみました。
そこまで言えば「でも大したことないから大丈夫」「大丈夫なら一人で入れるよね」という流れに持ち込めると計算したのでございます。
でも甘かった…。このあとわたくしは兄の全裸と遭遇することになりました。
つづく…(次回は4月23日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
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