介護スナック潜入!嚥下食つまみにとろみ付きのお酒、誰もが安心して暮らせる社会に
東京府中市、多磨霊園駅からほど近い場所に佇む小さなスナック。懐かしい昭和の風情が漂うこのスナックは、昭和50年から地元で愛され続けてきた『岡スタンドバー』。料理が得意なマスター(67才)と、姉さん女房の美人ママが二人三脚で営むこの店が、今宵だけ『kaigo(介護)スナック』に変貌するという。
スナックで介護って一体どういうこと? 早速、潜入してみた。
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お通しは、飲み込みやすい”やわらかい”出汁巻卵
ある夏の夜8時、スナックがオープンすると、10席ほどのカウンター席は、あっという間にお客さんで埋め尽くされた。この日開催されたのは『一夜限りのkaigoスナック』。
「今夜のお通しは、バンバンジーと、厚焼き玉子の大根おろし添え。やわらかい素材で飲み込みやすくしてあります」
カウンターの片隅でお通しの仕込みをしていたのは、このイベントの発起人であり、歯科医師の亀井倫子さんだ。彼女は『三鷹の嚥下と栄養を考える会』を主宰し、嚥下食(※1)を広める活動の一環として、『kaigoスナック』のママを務めている。
亀井さんは、栄養士や歯科医師の仲間たちと共に、介護食についての勉強会を重ねるうち、もっと気楽に嚥下食を広められる場はないかと考えていた。
「栄養士の友人が、老人ホームなどの施設で嚥下食のおつまみを振る舞う“介護スナック”という企画をやっていたんです。これを実際のスナックでやってみたらどうかと思って場所を探していたところ、ここのマスターとママに出会いました」
「普段は地元のお客さんばかりだけど、このイベントの日は遠方から来てくれて嬉しいね」というマスターの岡さんは、オードリーヘップバーンが大好きなママにぞっこんだ。
2016年1月からスタートした『kaigoスナック』は、今回で7回目。亀井さんは、この活動を各地に広めていきたいと考えている。
「地元にスナックって、たくさんあるじゃないですか。介護する人、介護が必要な人も、一緒に来られる場所になればいいと思って…」
そんな彼女の活動に共感した人たちがこのスナックに集まり、嚥下食に関する情報交換の場となっている。お客さんにも話を聞いてみた。
「食材をなめらかにする嚥下食は、作り方がフランス料理のパテやムースに似ているんです。お店でもメニューに取り入れています」。こう話すのは、横浜でフランス料理店を営むシェフ。
「病院に来る患者さんは、噛んだり飲んだりする力がなくなって低栄養の人が多い。口から食べられることがとても大事。嚥下食についてもっと知りたくて参加しました」と、群馬で看護師をしている男性。お酒を片手に、嚥下食についての熱い想いを語っていた。
嚥下しやすいとろみカクテルで乾杯♪
亀井さんは、カウンターに立ってとろみのついたお酒を作り始めた。カシスリキュールにとろみ剤を混ぜ、炭酸を注いでカシスサワーに。とろみをつけることで、ゆっくりとのどを通り、むせにくくなる。
看護師の娘と一緒に参加していた70代の女性は、「トロッとして飲みやすくて美味しい!」と、笑顔。「将来、介護が必要になったとしても、お酒が大好きな母と一緒にふらりと飲みにいけるスナックがあったらいいですね」と、娘さん。
やわらか食を使ったお通しから始まり、とろみカクテル、マスターによる愛情料理や自慢のお酒が次々と…。夜が更けるとカラオケの歌声が響き、店内は汗ばむほどの熱気が。
厚生労働省によると、2025年には3人に1人が65才以上となり、認知症高齢者数は470万人とも予測される。超高齢化社会を迎えるにあたり、誰もが安心して暮らせる社会を目指し、様々なアプローチが画策されているが、歌って、飲んで、笑って。気楽に介護について話せる、そんな地元のスナックが近い将来、全国各地に広まっていくかもしれない。
※嚥下機能のレベルに合わせて、飲み込みやすいように形態やとろみ、食塊のまとまりやすさなどを調整した食料のこと(健康長寿ネートより)。
構成・文/介護ポストセブン編集部 撮影/櫻井健司
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