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連載

認知症の母の包丁の使い方が危うい「梨の皮はむけるのか?」息子が見守った結果と母への思い

 岩手・盛岡に暮らす認知症の母の遠距離介護を続ける作家でブロガーの工藤広伸さん。料理が得意だった母だが、認知症の進行とともに包丁の使い方に不安を感じて…。遠距離介護の達人に聞く”認知症と包丁の使い方”にまつわる話、母のためにとった対策とは?

 

執筆/工藤広伸(くどうひろのぶ)

介護作家・ブロガー/2012年から岩手にいる認知症で難病の母(80才・要介護4)を、東京から通いで遠距離在宅介護中。途中、認知症の祖母(要介護3)や悪性リンパ腫の父(要介護5)も介護して看取る。介護の模様や工夫が、NHK「ニュース7」「おはよう日本」「あさイチ」などで取り上げられる。

著書『親の見守り・介護をラクにする道具・アイデア・考えること』『親が認知症!?離れて暮らす親の介護・見守り・お金のこと』(翔泳社)など。ブログ『40歳からの遠距離介護』https://40kaigo.net/、Voicyパーソナリティ『ちょっと気になる?介護のラジオ』https://voicy.jp/channel/1442

認知症の母の危険な包丁の使い方

 認知症の人に包丁を持たせると危ない場合もあるので、見えない場所に保管するなどの工夫をされているご家庭もあるかもしれません。

 わが家ではこれまで、包丁の対策はしてきませんでした。しかし母のある危険な行動がきっかけで、とうとう対策に乗り出したのです。

 実家の冷蔵庫には、常に200ミリリットルのパックジュースが入っています。

 このサイズにした理由は、母の過食防止です。以前、1リットルの牛乳を短時間で一気に飲んでしまって、失禁処理で大変な目にあいました。また飲んだこと自体を忘れて、何度も飲んでしまうので、サイズを小さくして飲む量を減らす工夫をしています。

 このパックジュースにはストローがついていて、通常はそのストローを外して、ストローぐちと呼ばれる穴に差し込んで飲みます。しかし母はストローを外したあと、どこかに置いて失くしてしまいます。

 この状態のままではジュースは飲めないので、諦めて冷蔵庫に戻し、ストローのないジュースがストックされることになるのです。

 のどが渇いた母は、このジュースを何とかして飲みたかったのでしょう。ストローぐちの穴に大きな包丁を突き刺す姿が、見守りカメラの映像に録画されていました。母は手の震えもあるので、包丁で指を切らずに済んでよかったと思っています。

 この映像を見てすぐに、母に気づかれない場所に包丁を隠す対策をしました。その結果、母が包丁を使う機会は全くなくなってしまったのです。

→「喉がイガイガする」と訴える認知症が進行する母 その衝撃の理由と息子が取った対策

母は自分が料理していると思い込んでいる

 母が食べる料理はわたしかヘルパーさんが作っているのですが、母の頭の中ではそうはなっていません。すべて自分が料理していると思い込んでいます。なので「今日は何が食べたいの?」とか「さて、ご飯作ろうかな」と毎日言います。

 先日も、「わたしは自分で料理しているから、ヘルパーさんは必要ないわよ」と言い出しました。あまりに何度も言うので、「もう何年も前から、自分かヘルパーさんが作ってるの」と事実を言ってしまい、いつもの親子ゲンカが始まってしまいました。

 ケンカで終わればいいのですが、行動にも現れます。

 わたしが夕食の準備を始めると、母はお願いしていないのに、エプロンをして手伝おうとします。実際に手伝ってもらうと、塩を何度も入れたり、調理器具の使い方を間違えたりして、母を見守らないといけなくなるので、わたしだけで料理するようになりました。

 とはいえ、まだ何かできることがあるかもしれないと思い、秋になったのであることをお願いしてみたのです。

母は果物の皮を包丁でむくことができるか?

 食欲の秋が到来して、スーパーの店頭には梨や柿など、たくさんの果物が並ぶようになりました。

 母は料理ができなくなってしまいましたが、今年の春先までリンゴの皮はむいていました。ひょっとしたら、果物の皮をむいたら料理をしている気になるかもしれないし、満足してくれるかもしれないと考えたのです。

 いつものように夕食の準備を始める前に、まな板と隠してあった包丁、洗った梨を用意した状態で母を呼ぶと、やる気十分といった感じで台所へ来ました。

母:「はいはい、リンゴの皮をむけばいいのね」

わたし:「リンゴじゃなくて、梨ね」

 梨とリンゴの区別がつかない母ですが、久しぶりに包丁を持ててうれしかったのでしょうか? これはわたしの仕事と言わんばかりに、梨の皮をむきはじめました。

 前回のリンゴの皮むきから半年近く経っていましたし、認知症の進行や手の震えで指を切ってしまう可能性もあります。念のため母の真横に立ち、怪しい包丁の使い方をしたらすぐに止めるつもりで見守りました。

 わたしの心配をよそに、母は慣れた手つきで梨の皮をむいていきました。途中、切った梨をつまみ食いする余裕もあるほどで、指を切ることもなく、危険な包丁の扱いもせずに、1分くらいでキレイに梨の皮をむき終えたのです。

最後まで記憶として保持される「手続き記憶」

 アルツハイマー型認知症は、短期記憶と呼ばれる数分から数時間ほど前の記憶から忘れていきますが、「手続き記憶」と呼ばれる、何度も経験して体で覚えたことは、最後まで記憶として保持されると言われています。

 母にとって包丁を扱うことは、体に染みついた技術であり、そう簡単に忘れるものではないということなのかもしれません。

 わたしは面倒な皮むきが嫌いで困っていたのですが、最近は母に果物や野菜の皮をむいてもらうようになりました。わたしは料理がラクになるし、母も料理をした感覚になるので、まさに一石二鳥です。

 岩手県は、リンゴの産地として有名です。冬になればリンゴを食べる機会が増えるので、母が活躍する機会はさらに増えそうです。

 今日もしれっと、しれっと。

→この連載の他の記事を読む

『親の見守り・介護をラクにする道具・アイデア・考えること』(翔泳社)

『親が認知症!?離れて暮らす親の介護・見守り・お金のこと』(翔泳社)

●認知症で要介護4の母がトイレの便座を汚してしまう!困った息子がたどりついた悩みの解決法

●冷蔵庫を開けっ放しでマヨネーズを口にする認知症の母…衝撃を受けた息子が考えた過食対策

●認知症の母との食事中に息子がお皿を片付けながら食べるようになった3つの理由

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