健康

延命治療や胃瘻、受けないと決めてしまう前に知っておきたいこと|700人看取った看護師がアドバイス

「親に延命治療は受けさせたくない」「胃瘻(いろう)はやってはだめらしい」。そういう声が多く聞かれるようになりました。看護師として700人を看取った宮子あずささんは、父には延命治療を受けさせ、母には受けさせませんでした。延命治療や胃瘻について、知っておいたほうがいいことを聞きました。

延命治療とは

 延命治療とは、病気自体を治そうとするのではなくて、放置したら命を縮める症状に対して命を延ばす目的で治療を行うことです。

「先生、延命治療は受けさせたくないんです」ということをおっしゃるご家族のかたが増えていますが、そのように決めてしまうのがいいとは言えない場合もあります。

 急激に病状が悪くなった時に、命を救うために行う治療が救命処置ですが、これを行う段階では、どこまで治るかわからない場合が多いのです。つまり、救命処置を行った結果良くなり、回復する人もいれば、結果として延命治療になってしまう場合もあるのです。

私が父には延命治療を受けさせた理由

 私の両親のケースでお話します。亡くなる前、私は父には救命処置を受けさせ、母のときには受けさせませんでした。

 父は肝臓がんでした。しかし直接の死因は、がんではありません。転んで腰椎圧迫骨折をやって、寝たきり状態になりました。そして寝たきりになったことで、食べ物や唾液などと一緒に細菌が気管に入ってしまう誤嚥性肺炎を起こして亡くなってしまったのです。

 もし父が、肝臓がんのために、危篤となったならば、私は救命処置を希望しなかったでしょう。しかし実際に起こったのは、入院中の誤嚥性肺炎で、がんと関係ありませんでした。肺炎が治れば、元に戻るという期待があるので、延命治療を選択しました。 

 病院は、父に対して、点滴、人工呼吸器、昇圧剤、心臓マッサージ……と手を尽くしてくれました。

 が、結局は数日後に亡くなってしまいました。

母には救命処置を受けさせなかった理由

 一方、母のときには救命処置を希望しませんでした。母は、膠原(こうげん)病と慢性呼吸不全が悪化していったことで、呼吸が難しくなりました。肺機能も壊滅的で、治る望みがありません。結局、呼吸が止まった時点で、積極的な救命処置を希望せず、そのまま見送るという形になりました。

前もって決めておくことはできない

 私の判断基準は、助かる見込みがあるかどうかでした。それがないなら、救命処置を行う意味はないと考えました。
 
 父は「まだ助かる芽がある」と思ったので救命処置を希望しましたし、母は自然経過で悪くなっていて「もうこれ以上は回復の見込みがない」と考えたから、救命処置は希望しませんでした。その上で、食べられなくなった時の点滴など、延命治療は希望しませんでした。 

 しかし、判断が難しいことがあります。たとえば突然倒れて、病院に担ぎ込まれたとしましょう。どういう状態なのか、なぜ瀕死の状態なのかは、治療をしてみないとわかりません。

 前もって、救命処置はしない、延命治療はしない、と決めておいても、実際の状況によって変わることがあると考えておいたほうがいいでしょう。決めたことにしばられるのは、得策ではないのです。

 治療をしてよくなることもあれば、そうではない場合もあります。判断して期待したような結果が出ないこともあると、あらかじめ思っておくしかありません。特に高齢の患者さんの治療は、一概にどちらがよかったと言えないことが多いからです。

→変わる延命治療の考え方、“尊厳ある死”迎えるには

→高島礼子、介護を続けてきた93才父の延命治療は「私の自己満足か」と葛藤

「胃瘻はやっちゃだめ」は本当なのか

 長期入院していたり、目に見えて下り坂に入っていたりする場合に、ひとつの分かれ目は、ものが食べられなくなるということです。ここでも、最近よく言われることに「胃瘻はやっちゃだめ」という言葉があります。

食べられなくなったら点滴か経管栄養法をすることになる 

 口からものを食べられなくなると、通常、「強制栄養」をすることになります。強制栄養は大まかに言って、「点滴」と「経管栄養法」に分かれます。

 通常の短期入院ですと、静脈にカテーテルを挿入し、そこから栄養を投与するのが一般的です。いわゆる点滴です。ただし場合によっては合併症を引き起こす可能性もありますし、消化管を通しませんので、患者の負担が大きいのです。
 
 そこで「経管栄養法」が用いられます。アプローチの仕方はいくつかあって、

1.経鼻胃管
2.胃瘻
3.腸瘻

に分けられます。

「経鼻胃管」は、鼻から胃へチューブを挿入し、栄養剤を注入する方法です。胃に穴を開け、チューブやカテーテルを使って、栄養を直接、胃に送る方法のことを「胃瘻」、腸に穴を開ける方法のことを「腸瘻」と言います。

胃瘻、腸瘻は、実は患者の負担が少ない

 消化器官に穴を開けない分、経鼻胃管のほうが患者の負担が少なくて済むように思われるかもしれませんが、実は鼻から喉にかけてチューブが通っているので、非常に不快感や痛みを伴うのです。わずかですがチューブが抜けて、窒息する可能性もあります。ですから、4週間以上の利用は、推奨されていません。

 胃瘻や腸瘻は、外科手術が必要なのはデメリットですが、実は患者さんの負担が最も少ない方法です。

よくなればいつでも胃瘻をやめられる

 ここ数年、しばしば世の中で「胃瘻を始めたら二度とやめられないそうだ」「胃瘻だけはやらないほうがいいらしい」という言葉が聞かれるようになりました。

「胃瘻」を躊躇するのは、一度、胃瘻や腸瘻を始めてしまったら、もう一生そのままになってしまう、という恐怖心からではないでしょうか。
 
 しかし、実はよくなれば、いつでも胃瘻も腸瘻もやめられます。一時的に胃瘻にし、口から食べられるようになったら胃瘻を取る、というケースはたくさんあります。たとえば誤嚥性肺炎がひどい時期に、一定の期間だけ胃瘻でしのいで、肺炎が治ったら胃瘻を抜いて、また普通の食事を出すということは、珍しくないのです。

 それなのに、胃瘻を躊躇することで、患者さんの状態を悪化させてしまっているケースが見受けられます。せっかく回復するチャンスがあるのに、「胃瘻はやってはいけないものだそうだ」という思い込みで、頑として拒否するのはもったいないことです。

→胃瘻が外せた例もある 命を繋ぐ「口腔ケア」

 胃瘻や腸瘻で難しいのは、回復の見込みがなくなった場合です。つまり、「治る見込みがないから、もうやめる」という判断が難しいのです。やめることで亡くなってしまうわけですから、医師もそのタイミングの決断をしたがりません。

回復の見込みがなくなったらやめる、という流れに

 最近、一度始めた治療でも、回復の見込みがなくなったらやめよう、という方向で、各学会も医療界全体も動き始めています。
 
 よく取り上げられるのが透析です。たとえば認知症が重くなった人に、透析を続けるか、ということです。本人に透析するのを納得させることが難しい場合に、全身をしばって点滴することが、患者さんにとっていいことなのか。強制するよりは、透析を中止して、自然に亡くなるほうがいいのではないか、という議論があり、「中止してもよい」という方向で話が進んでいます。
 
 胃瘻も同じです。患者さんひとりひとりの「QOL」(クオリティ・オブ・ライフ/生活の質)を尊重するならば、回復の芽がなくなったら「やめる」というのは、ひとつの流れです。

 最初から胃瘻を選択しないで「食べられなくなったら、それで終わり」という考え方も間違いではありません。ただ、繰り返すようですが「胃瘻だけは絶対させたくない」と、かたくなに目の敵にするのは、得策ではありません。

点滴をやらないほうがいいと言われるのはなぜか

 点滴も、最近では、やれば良いとは限らないということが言われるようになりました。

 身体が最終的に衰弱していくと、水分を吸収ができなくなって、肺にたまったり心不全を起こしてしまう。それが相当辛いのです。 

 点滴を絞ると腎不全で亡くなる形になります。老廃物がたまり、いわゆる体内モルヒネといわれるものが出て、意識はぼーっとしてくるのです。結果的にそれが鎮静になるわけです。脱水気味にしたほうが苦しまないで亡くなることができるといえます。 

今回の宮子あずさんひとこと

●積極的な治療をしないという風潮に従わなければいけないわけではありません

 今は、家で安らかに死ぬのがいいと言われることが多くなりました。それが本当に患者さんの希望ならば良いのです。しかし、医療費の高騰がしばしば報じられる中、高齢者には積極的な治療はしないでいいというイメージが作られるのが心配です。
 
 最後までできる手立てを尽くしてほしいと願うのは、いけないことではありません。各種の調査で、延命を希望しますかという質問に、9割近くの人は、だめだとわかっているならやらないでほしいとこたえているけれど、1割の人はなにがあっても治療してほしいとこたえています。

 最後まで治療をしてほしいと思っている人は、無理に諦める必要はありません。どうやって死んでいくかは、患者が選ぶことなのです。最終段階になると、治療を続けるかどうか選ぶことになります。たとえばがんだったら抗がん剤を続けるかどうか。治療そのものをどこまでやるかということです。

→宮子あずささんの他の記事を読む

教えてくれた人

宮子あずさ

宮子あずさ(みやこあずさ)さん/
1963年東京生まれ。東京育ち。看護師/随筆家。明治大学文学部中退。東京厚生年金看護専門学校卒業。東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。1987年から2009年まで東京厚生年金病院に勤務。内科、精神科、緩和ケアなどを担当し、700人以上を看取る。看護師長を7年間つとめた。現在は、精神科病院で訪問看護に従事しながら、大学非常勤講師、執筆活動をおこなっている。『老親の看かた、私の老い方』(集英社文庫)など、著書多数。母は評論家・作家の吉武輝子。高校の同級生だった夫と、猫と暮らしている。

構成・文/新田由紀子

#介護が始まるときに知っておきたいこと

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