胃ろうが外せた例もある 命を繋ぐ「口腔ケア」<最終回>
介護施設が歯科衛生士との連携を強化
このシリーズでは、口腔のケアが虫歯や歯周病の予防や治療にとどまらず、生きるために欠かせないケアであるということを伝えてきた。
そこでシリーズの最終回では、プロによる口腔のケアによって、介護を受けていた方に大きな変化が生まれた実例とともに、訪問による口腔のケアの利用について、ケアマネジャーの資格を持ち、歯科衛生士として訪問歯科診療の活動を専門に行う二島弘枝さんにうかがった。
口腔ケアを始めて、胃ろうだった人が、口から食べられるようになった
介護にはケアマネジャーを中心に、医師、看護師をはじめ、介護福祉士や理学療法士、管理栄養士など、他職種のプロが関わります。そこに歯科医と歯科衛生士が加わることで、介護を受ける方の「呼吸する力」「飲み込む力」「生きる力」を向上させることができるようになると、私は実感しています。
私が介護に関わった方の中には、口腔のケアを始めたことで、胃ろうを外すことに成功した例が複数あります。
ある男性は脳血管障害で倒れ、左側の脳を取り去る手術と同時に胃ろうとなり、座ることもできずベッドの上で寝たきりの状態でした。病気の症状としてすべてにおいて拒否するような行動が多く、介護に関わるスタッフは、何とかして人間らしい生活を取り戻してあげたいという一心でした。
人間らしさの第一歩は、「口から食事をとる」ことだと考えたケアマネジャーは、胃ろうを取るという目標を掲げ、スタッフを集めて何度もカンファレンスを重ねました。まず、理学療法士が座ることができるように丹念なリハビリを行いました。座れるようになったところで歯科衛生士である私の出番です。
最初は拒否が強かったので、少しずつ近づく距離を縮めていきました。ようやく体を触らせてくれるようになったところで、脱感作(過敏になった場所を元の状態に戻すこと)やマッサージをスタートしました。
かなりの月日が流れ、ようやく頬、唇、最終的には口の中も触らせてもらえるようになりました。唇や舌をマッサージして、唾液を出し、飲み込む力も鍛えるよう口腔リハビリテーションも行いました。一緒に楽しみながら、トレーニングを続けていったのです。
口腔ケアを始めて3年目、ついに胃ろうが外れた
私が関わり始めて3年目、ついに水分も食事も口からとれるようになり、胃ろうを外すことができました。その後も口腔のケア、口腔リハビリテーションを続けたところ、からだ全体の機能も回復し、さらに3年後には杖を持って歩くこと、笑うこと、さらにはプールで泳ぐこともできるようになったのです。同じチームの理学療法士からは「食べる力を持つと、からだの機能の回復が早い」と聞いていましたが、まさにその通りでした。
初めてお会いした当時は、目の焦点が合わず、よだれを流しており、ご家族は病院へ連れていくこともはばかられるほどのお気持ちだったそうです。他職種のプロが関わることで、人として生きる喜びを取り戻すことのできた事例です。