認知症の母が8年間お風呂に入らない理由|入浴拒否にひと筋の光が!?
認知症の人の中には、お風呂を嫌がる、いわゆる入浴拒否をする人も多いという。東京・岩手の遠距離介護を続ける作家でブロガーの工藤広伸さんの母はなんと8年間、お風呂を拒否してきた。しかし、このコロナ禍でお風呂に入らない問題がある展開を見せた…。
【目次】
認知症の母はなぜお風呂に入りたがらないのか?
わたしが知る限り、母は介護が始まった2012年11月から2020年6月までの約8年間、1度もお風呂に入っていません。
母は認知症になる前は、お風呂に入っていたのですが、難病のシャルコー・マリー・トゥース病※が進行し、どんどん手足が不自由になっていきました。
外出時は誰かの介助がないと歩けず、家の中では壁伝いにフラフラと歩く母なので、お風呂で転倒するのではないか?という不安を常に持っていました。
「温泉旅行に行かない?」と母を誘ったこともありますが、大浴場での転倒を恐れ、旅行自体を断られたこともあります。
手足の不自由さに加え、認知症が進行し、お風呂を頑なに拒んでしまうようになりました。
※シャルコー・マリー・トゥース病(CMT)とは、遺伝子の異常による末梢神経の病気。主な症状は、両手足の筋萎縮や筋力低下、感覚障害など。平成 27年厚生労働省の「難病」に指定されている。CMTは、初めて病気を報告した3人の医師の名前に由来する。
お風呂に入ってもらうためにやったこと
母のケアマネジャーに相談したところ、デイサービスのお風呂を利用すれば、母の不安も解消されるかもしれないと言われ、実行してみることにしました。
確かにデイサービスであれば、職員の方の入浴サポートがあるし、手すりや浴槽の底に滑り止めがあるので、安心です。母にデイサービスでの入浴を勧めたところ、
「わたしはお昼に風呂は入らない、夜にゆっくり入りたい」
「デイサービスのお風呂は、自宅の風呂より狭くてイヤだ」
といって、嫌がりました。わたしはデイサービスのお風呂を確認しに行ったのですが、自宅よりも広く、ゆったり足を伸ばせるほどの浴槽と手すり、すべり止めもバッチリ完備されていました。
写真を撮って母に見せながら、デイサービスのお風呂を何度も何度も勧め、職員の方からも入浴を促してもらったのですが、1度もお風呂に入ることはありませんでした。
認知症の人がお風呂を嫌がる理由
認知症の人の中には、お風呂を嫌がる人もいるという話をケアマネジャーから聞き、本を読んで理由を調べました。
例えば、入浴そのものを忘れてしまった、シャワーやお湯の温度調整が分からなくなった、裸を他人に見られるのが恥ずかしい、たまたまお風呂に入りたくない気分だった、シャンプーやリンス、ボディーソープの意味が分からないなどの理由が、本に書いてありました。
こうした理由を解決する方法が、デイサービスでお風呂に入ることだったのですが、うまくいきませんでした。わたしも母に無理強いをしないと決めているため、次第にお風呂を勧めなくなり、最終的には諦めてしまったのです。
お風呂に入らない母に対し諦めの境地に…
母がお風呂に入らないのは、正確には「湯船につからない」という意味で、シャワーは使っていました。
ただ、自分で髪の毛を洗う気配もなければ、せっけんで体を洗った形跡もありません。おそらく、基本は濡れたタオルで体を拭き、それ以外は尿失禁等の後処理で、下半身を洗うためにシャワーを使う程度でした。
体臭は大丈夫か?と思われたかもしれませんが、母と生活するうえで、特にニオイを感じることはありませんし、介護職の方に聞いても、母のニオイは気にならないと言われました。
とはいえ、当初は葛藤がありました。入浴は、人として当たり前の習慣だと思っていたからです。しかし、何年も葛藤を繰り返しているうちに、自分自身が疲れてしまい、次第に母の入浴を諦めるようになっていました。
その代わり、母にお風呂に入ってもらうのは難しくても、せめてもと髪の毛だけは、わたしが台所のシンクで洗ってあげるようになったのです。
→入浴しなくなった認知症の母が自分でシャンプーした!嬉しかった予想外の展開
なぜ母は急にお風呂に入ったのか?
ある日のことです。岩手に居る妹から、こんな連絡をもらいました。
「この前、お母さんと一緒にお風呂に入ったよ」
全く想像していなかった妹の報告に驚き、わたしは都内のスーパーの駐車場で、
「ウソでしょ!ずっとお風呂を嫌がっていたのに!すごい、それは本当にすごい!」
と無意識のうちに、大声を出していました。諦めの境地に、突然ひと筋の光が差し込んだ瞬間でもありました。
なぜ母は、急にお風呂に入ってくれたのでしょう?
それは、新型コロナウイルスの一連のことがあったからかもしれません。コロナ禍でわたしの遠距離介護が3か月中断し、妹が実家の様子を見る機会が増えました。
日帰りで母の様子を見ることが多かったのですが、たまたま泊まることになり、時間ができたので、妹が「お風呂に入る?」と声を掛けたところ、母はあっさりOKしたとのことでした。
娘であれば、裸を見られても恥ずかしくないし、お風呂で転倒しても心配ないから、母はOKしたのかもしれません。
妹の報告では、8年近く湯船につかっていなかった母の背中は、かなり汚れていたようです。たまりにたまった背中の垢を流し、母も満足したようです。その後も、妹に時間が出来たときは、一緒にお風呂に入るようになりました。
認知症介護をしていると、介護者の思い通りにならないことはよくあります。意地になるのではなく、力を抜いて待ってみると、諦めていたことでも、思わぬ形で解決することもあるのですね。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/)