連載

認知症の母がコロナ禍で作ったラーメンの不安な話

 岩手・盛岡に暮らす母を遠距離介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。料理が得意だった母は認知症の進行とともにレパートリーが減ってしまったが、サポートをしながらなんとか作れるのが息子の大好きな「ラーメン」だ。コロナ禍で3か月ぶりに会った母に、ラーメンを作ってもらったら――。

母はラーメン作りを忘れてしまったか?

 新型コロナウイルスの影響で、遠距離介護は3か月ほど中断。その間、母は自分が食べる分だけの料理しか作らなかったため、料理の腕は鈍ってしまいました。

 認知症の進行とともに、手の込んだ料理を作れなくなってしまったのですが、唯一できる料理が「ラーメン」です。

 わたしがサポートしながら、7年間守り抜いてきたラーメンも、この3か月のブランクで忘れてしまったのでは? そんな不安を抱えながら、母にラーメンを作ってもらったお話です。

→認知症の母のラーメン調理に立ち会ってわかった衝撃の作り方

3日分のラーメンの材料を購入

 母と3か月ぶりに再会し、息子の顔は覚えていましたし、名前も忘れていませんでした。

→ コロナ自粛で3か月ぶりに息子と対面した認知症の母 沈黙の2秒後…その反応は?

「息子を忘れていないなら、ラーメン作りも忘れていないかも?」

 そんな期待を胸に、わたしは近所のスーパーで、ラーメンに必要な材料である中華麺、メンマ、ねぎ、スープの出汁をとるための煮干し、豚肉、人参、玉ねぎを購入しに行きました。

 3か月ぶりのラーメン作りだったので、まずはテストとして中華麺を2玉だけ購入するつもりでした。しかし、母がラーメン作りを忘れてしまったとしても、何度も繰り返せば、作り方を思い出してくれるかもしれない…。

 そう考えたわたしは、中華麺を2玉ではなく、一気に6玉購入しました。これで3日間は、親子でラーメンを食べなくてはなりません。さて、どんなラーメンができあがるのか?

母のラーメン作り:緊張の1日目

 母はすでに、ラーメン作りのすべての手順を完璧にこなせなくなっています。そこで、わたしがラーメンに必要な食材、鍋やざるなどの調理器具、しょうゆ、コショウなどの調味料を台所にきれいに並べてから、母を呼びます。
 
わたし:「そろそろお昼だから、ラーメンお願いね~」

母:「はいはい、分かりました」

母:「あら~、ラーメンかぁ~、久しぶりだごと。何か月ぶりだべが」

 そう言いながら、母はラーメンを作り始めました。3か月のブランクに不安を感じたわたしは、母を後ろから観察。料理の手順が分からなくなったら、すぐサポートできる位置にスタンバイしました。

 鍋に水を入れ、煮干し、人参、豚肉、玉ねぎで、スープの出汁づくりから始めました。灰汁をとり、しょうゆを目分量でボトルから入れてグルグルとかき混ぜ、スープは完成。どうやらスープ作りの手順は、忘れていなかったようです。

 そのまま、わたしがサポートすることなく、ラーメンが完成しました。実際に完成したラーメンの写真がこちら。

 スープの量を間違えてしまい、スープに隠れるはずの麺が見えています。やはり3か月のブランクの影響が出てしまったようです。具材は、わたしがあとで乗せました。

 それでも、明日を期待させる初日のラーメンのできで、スープが足りないと親子で文句を言いながら、おいしく頂きました。

母のラーメン作り:成長の2日目

母:「あら~、ラーメンかぁ~、久しぶりだごと。何か月ぶりだべが」

わたし:「昨日もラーメン、作ったけどね」

母:「あら、そうだったかしら」

 鍋に水を入れ、煮干し、人参、豚肉、玉ねぎで、スープの出汁づくりから始めました。灰汁をとり、しょうゆを目分量で入れてグルグルとかき混ぜ、昨日間違えた水の量は、わたしがサポートしました。

 そうやって完成した、ラーメンの写真がこちら。

 見た目には問題ないように見えますが、今度は麺のゆで時間を間違えてしまい、麺が伸びてしまいました。それでも十分食べられる味で、母が忘れていたラーメン作りの勘が、少しずつ戻ってきたようです。

 明日はスープの量に加え、麺のゆで時間も気を付けよう!

母のラーメン作り:復活の3日目

母:「あら~、ラーメンかぁ~、久しぶりだごと。何か月ぶりだべが」

わたし:「3日連続だけどね」

母:「あら、そうだったかしら」

 鍋に水を入れたあと、煮干し、人参、豚肉、玉ねぎを入れました。しばらくして灰汁をとり、しょうゆを目分量でボトルから入れてグルグルとかき混ぜ、スープに味付けをしました。

 3日目は、母が失敗した水の量、麺の茹で時間を、わたしがサポートしました。そうして完成したラーメンの写真がこちら。

 若干薄味ではありましたが、3か月前のラーメンの味が、再び帰ってきました。

次のラーメン作りはいつになるのか…

 3日連続のラーメン作りを、母が嫌がることはありませんでした。毎日新鮮な気持ちで台所に立ち、しかも息子のために、料理の腕をふるう機会を久しぶりに得て、いきいきしているようにも見えました。

「他の料理は忘れてしまっても構わない、でもこのラーメンだけは最期まで忘れないで欲しい」という思いはあります。しかし、コロナ禍の今、次の帰省はいつになるのか、正直分かりません。

 そんな思いから、岩手の実家に滞在した1.5か月の間、母にラーメンを15回ほど作ってもらったのですが、母は毎回、こう言いました。

「あら~、ラーメンかぁ~、久しぶりだごと。何カ月ぶりだべが」

 母親として、息子に料理を作ってあげたいという気持ちが残っている限り、これからもラーメンを楽しんで作ってもらおうと思っています。

 今日もしれっと、しれっと。

→工藤広伸さんの他の記事を読む

工藤広伸(くどうひろのぶ)

祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/

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