新『半沢直樹』8話|箕部幹事長(柄本明)に震える、現実とのシンクロにもゾクリ
堺雅人主演『半沢直樹』新シリーズ。先々週、特番『生放送!!半沢直樹の恩返し』を挟んで、2週間ぶりの本編第8話。とうとう箕部幹事長(柄本明)の闇が迫ってきた。巨悪を前に、大和田(香川照之)と協力、天敵、金融庁の黒崎(片岡愛之助)までもが半沢にエールを送ってきた。最終回まであと2回、日曜劇場研究ライター近藤正高が風雲急を告げる展開を整理、解説します。
最近耳が遠くなってね
「どうなん、だーーーっ!?」
先週9月13日放送の『半沢直樹』第8話の終盤、箕部幹事長(柄本明)がついに吠えた。これまで、箕部はずっと能面のような無表情で、怒っても声を荒げたりはせず、盆栽の枝を切り落とすなどの動作で感情を示し、それがかえって権力者の恐ろしさ、不気味さを感じさせた。箕部に扮する柄本明の演技はまるで、『半沢』で主演の堺雅人らほかの俳優たちが怒りを表すためとかく大声を張り上げたり大仰な表情を見せたりするのに対し、「それだけが演技じゃないよ」とベテラン俳優として諭すかのようでもある(実際に柄本明がそう思っているかは知らないが)。
箕部が半沢たちのようにあからさまに怒りをあらわにしなかったのは、その超越的な立場ゆえでもあるのだろう。彼は帝国航空の再建にあたり銀行を屈服させるため、自らは黒衣に徹しながら、国交大臣に据えた白井(江口のりこ)や、東京中央銀行の常務である紀本(段田安則)らを駒として操ってきた。そんな箕部が、かねてより政府に楯突いてきた半沢を呼び出し、ついに直接対峙することになった。つまり半沢と同じ土俵に上がったのだ。だからこそ演技もほかの演者に寄せてくる。半沢にこれ以上好きなことをさせまいと、冒頭にあげたセリフをドスを利かせた口調で叫び、ポーカーフェイスも一転して鬼のような形相に変わった。
超然とした柄本の演技が『半沢』世界に染まっていく兆候は、すでに第8話の冒頭に現れていた。それは、政府による帝国航空の再建案のなかに、今後も存続すべき路線のひとつとして、赤字路線であるはずの伊勢島〜羽田路線が入っているのがわかったときのこと。伊勢島は箕部の地元ゆえ残されたのはあきらかで、これには白井もさすがに疑問を抱く。だが、口を挟もうとした彼女に、箕部は急に「はぁっ?」と大声をあげると、最近耳が遠くなってねとあからさまなウソをつき、けっして聞き入れようとしなかった(イラスト参照)。
大和田は今回も手のひら返しか! と思わせたが
第8話ではまた、箕部と紀本の関係を追及すべく、半沢は敵対する大和田(香川照之)と手を結ぶ。大和田にはこれまでもたびたび手を組みながら手のひらを返されてきただけに、半沢は慎重だったが、大和田も紀本にはメンツをつぶされただけに利害が一致、一瞬ながら両者は初めて握手まで交わした。さらにラストでは、半沢に対し、やはりずっと敵対してきた金融庁の黒崎(片岡愛之助)までもがエールを送った。これだけとっても物語が“異常事態”を迎えていることはあきらかだ。それもこれも、箕部の存在があまりに大きすぎるからである。
ここで半沢が箕部に呼び出されるまでの経緯をあらためて振り返っておきたい。発端は、政府の求めた帝国航空に対する債権放棄を銀行団がそろって拒否してからも、紀本がまだ政府の要求を受け入れるべきだと息巻いていたことだ。受け入れなければ中野渡頭取(北大路欣也)が国会に参考人招致される可能性もあるという。紀本がこれほど強気なのは、箕部と何らかの取引をしているからではないかと見た半沢は、部下の田島(入江甚儀)に加え、先述のとおり大和田とも手を組んでひそかに調査に乗り出す。ここで協力を求めたのが、検査部のトミさんこと富岡(浅野和之)だ。さらにそこへ、前シリーズで半沢と敵対して敗れた融資部の福山(山田純大)も、元上司である大和田の頼みに応じて加わった。こうして、銀行内のすべてを知り尽くした富岡に、前作と変わらずタブレット片手にデータを駆使する福山を味方に得て、紀本と箕部の関係を暴くべく“チーム半沢”が動き出す。
まず、紀本の古巣である旧東京第一銀行(通称・旧T)の融資明細から、15年前に旧Tが箕部に対し50億円もの多額の融資を無担保で行なっていたことが判明する。これについて当時の担当である法人部の灰谷(みのすけ)を問い詰めても、知らぬ存ぜぬの一点張り。こうなると詳細を知るには、融資に必要な情報を記載したクレジットファイルを当たらねばならないが、銀行内には見当たらない。
この調査の過程で、ある過去の事件が浮上する。それは10年前、旧Tの副頭取だった牧野(山本亨)が、旧産業中央銀行(旧S、半沢や大和田の古巣)との合併を目前にして自殺した事件だ。牧野の部下だった紀本や灰谷ら旧T出身者は「棺の会」なる集まりを持ち、毎年命日には法要を行なっていた。じつは半沢行きつけの小料理屋の女将の智美(井川遥)は、牧野の元秘書で、この会のメンバーのひとりだった。半沢はそれを知ると、智美に会って話を聞く。牧野は不正融資にかかわった責任をとって自殺したという話であったが、智美に言わせると彼は無実だという。一方で、牧野の死後、紀本の口座に多額のカネが振りこまれたとの噂があると教えてくれた。智美はまた、牧野から遺書を預かっていた。
この間、福山が行内の食堂にて、牧野の情報をタブレットでチェックしていたところ、紀本に見つかってしまう。紀本は大和田を呼び出すと、人事をエサに、半沢が何をしようとしているのか口を割らせようとした。これに大和田は強気に出て、常務に推薦するよう紀本に約束させると、半沢が智美に読ませてもらった牧野の遺書からクレジットファイルの場所を突き止めたと教えてしまう……。
福山がしくじって、大和田は今回も手のひら返しか! と一瞬思わせたが、じつはすべて作戦だった。大和田の話に慌てた紀本は、灰谷をクレジットファイルの所在を確認させるべく書庫センターへ走らせる。紀本自身も智美の店を訪ね、遺書を読ませてほしいと切り出した。別室に置いてあると言われて戸を開けると、そこに半沢が待ち構えており、遺書にはクレジットファイルの場所など書かれていないと告げる。同時に、紀本がここへ来たということは、過去に箕部への融資にかかわっていたという何よりの証しではないかと問い詰めた。肝心のクレジットファイルはそのころ、富岡と田島が灰谷のあとをつけ、まんまと入手せしめていた。
最後まであたしが大嫌いなあなたでいてちょーだい
これですべてがあきらかになるかと思われた矢先、紀本のもとに電話が入る。箕部から、大和田とともに半沢が呼び出されたのはこのときであった——。
箕部は半沢たちを前に、融資はすでに返済したのだから問題ないと滔々と釈明したうえ、何と、牧野が複数の企業から不正な賄賂を受け取っていた証拠を突きつける。そしてこの事実が公になれば、金融庁から業務停止命令も免れないと、箕部は秘書の笠松(児嶋一哉)に金融庁長官に電話をつなぐよう告げた。あからさまな脅しに対し、大和田はあっさり屈服。一方、半沢はなお釈然とせず、なかなか頭を下げようとしない。だが、たまりかねた箕部から冒頭に書いたとおり凄まれ、彼が金融庁長官に話を切り出すや、とうとう「幹事長!……大変……大変、失礼いたしました……」と頭を下げたのだった。
このあと、中野渡頭取が国会に参考人招致されるという話が、箕部の手で見送りになったと大和田から半沢に伝えられる。こうして借りをつくられた以上、もう楯突くことはできない、下手をすれば「大袈裟ではなく、君(半沢)も命を落としかねないぞ!」と大和田に強く言われても、半沢はまだあきらめきれない。
そこへ金融庁の黒崎が異動になるとの情報が飛び込んできた。黒崎もひそかに箕部の周辺を探っていたため、見せしめに飛ばされたらしい。急いで黒崎のもとに駆けつけた半沢は、「あなたのことなんて大嫌いっ! だから最後まであたしが大嫌いなあなたでいてちょーだい。半沢次長!」と思わぬエールを送られる。黒崎の言う「あたしが大嫌いなあなた」とは、もちろん、持ち前の執拗さで敵を追い詰めてきた半沢を指す。かつての宿敵からそう言われては、半沢もここで挫けるわけにはいくまい。今夜放送の第9話では、がぜん反撃に期待が高まる。
ちなみに黒崎が金融庁を追われるという展開は、原作にはない。この点からしても、ドラマの箕部は原作以上に強い権力を持った存在として描かれている。ひょっとするとここには、現実の政界の動向も反映されているのではないだろうか。たとえば、このたび首相に就任した前政権の官房長官は、これまで官僚たちを巧みに管理して政権を支え、自分の肝煎りの政策に対し問題を指摘した官僚を左遷したという話すらある。
柄本明は1948年生まれ
思えば、『半沢』新シリーズでこれまで描かれてきたできごと――文書の改竄といい、マスコミの操作といい、あげくの果てにある疑惑をめぐって自殺者が出たところといい、すべては『半沢』前作のあと7年のあいだに前政権の周辺で発覚したできごとと奇妙に相似している。もっとも、こちらはいずれも原作にも出てくることなので、偶然にすぎないのだろうが、それにしても……とは思う。
余談ついでに、箕部を演じる柄本明は、前政権の官房長官と同じ1948年生まれである。ドラマのなかで箕部が前面に出てきたタイミングで、いままで黒衣として政権の屋台骨を支えてきた人物が一躍トップに登り詰めたのは、これまた単なる偶然にすぎない。だが、『半沢直樹』が人気を集めるのは、上記のようなモヤモヤとした現実に対し、せめてドラマのなかだけでも、すっきりしたいという人が思いのほか多いからではないだろうか。
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『生放送!!半沢直樹の恩返し』が期待以上に恩返しだった。俳優たちの演技プランに興味津々
『半沢直樹』(新シリーズダイジェスト)は配信サービスParaviなどで視聴可能(有料)
半沢直樹スピンオフ企画「狙われた半沢直樹のパスワード」は配信サービスParaviで視聴可能(有料)
『半沢直樹』(前回シリーズ)は配信サービスParaviで視聴可能(有料)
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。
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