洋服に謎のセロハンテープが…認知症の母に理由を聞いて切なくなった話
盛岡で1人暮らしをしている認知症の母を、東京から遠距離で介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。年に20回以上、盛岡へ通い母の生活を支える日々が続いている。ヘルパーさんやデイサービス利用など様々な介護サービスを取り入れ、母が無事に暮らせるように介護態勢を整えている工藤さんだが、久しぶりに実家に帰ると思いがけないことが起きていることも…。
* * *
わたしの遠距離介護のサイクルは、東京で2週間過ごし、盛岡で1週間介護するというペースです。
しかし、わたしの仕事が忙しくなると、いつものサイクルどおりに盛岡へ帰省できないこともあります。帰省のリズムが狂うと、実家に異変が起きやすくなります。今回は、先日起こった出来事のお話です。
居間のカレンダーがつぎはぎ状態に
昨年、12月のことです。帰省して最初に見つけた異変は、居間にある壁掛けカレンダーでした。
わたしはカレンダーに、母がデイサービスに行く時間、ヘルパーさんや訪問リハビリが家に来る時間をいつも記入しています。
母は今日が何日で何曜日かを理解していませんが、新聞の日付やカレンダーのそばに掛かっているデジタル電波時計の日付を頼りに、カレンダーに書いてある今日の予定を見つけ、準備をします。
そんな重要なカレンダーが、文庫本サイズになるまで、いったん小さくカットされ、それがセロハンテープでつなぎ合わされ、予定が確認できる元の状態になって、壁に掛かっていました。
母は裏面が白い折り込みチラシを、文庫本サイズにカットし、メモ用紙として使う習慣があります。おそらく母は、年が明けたと勘違いして、12月のカレンダーをメモ用紙にしてしまったのだと思います。
母は月を間違えている張本人なので、自らセロハンテープでカレンダーをつなぎ合わせることはしません。最初、誰がカレンダーをつなぎ合わせたのかわからなかったのですが、たまたま目にしたヘルパーさんの訪問記録に、こう書いてありました。
「まだ12月なのにカレンダーが破られていたので、セロハンテープでつなぎ合わせておきました」
ヘルパーさんも、母がカレンダーを見て行動することを知っており、その大切さに気づき、対応してくださったのです。
わたしのトレーナーにも無数のセロハンテープが!
ヘルパーさんに助けて頂いたことに感謝しつつ、わたしは自分の部屋に戻り、トレーナーに着替えようとしました。トレーナーを持ち上げたそのとき、
「なんじゃ、このトレーナーは!!」
初めて見るトレーナーの状態に、わたしは思わず大声を出してしまいました。
黒のトレーナーの腕と背中部分に、長さ20㎝のセロハンテープが、何本も貼ってありました。
「なぜだ、なぜ母はトレーナーにセロハンテープを貼る必要があるんだ??」
わたしの頭の中で、セロハンテープの理由探しが始まりました。
最初に思いついた理由は、母が破れたカレンダーをつなぐために、セロハンテープをいっぱい切って、それを一時的にトレーナーに貼ったのではないかということです。
しかし、カレンダーはヘルパーさんがつなぎ合わせたと訪問記録に書いてあったので、きっと違うだろうと。
次に、母がわたしのトレーナーを破いてしまって、それをセロハンテープでつないだのかもしれないと思い、何本かセロハンテープをはがしてみたのですが、トレーナーに穴は見つかりません。
このまま、セロハンテープをすべてはがし、何食わぬ顔でトレーナーを着てもよかったのですが、どうしても理由が知りたかったわたしは、母に質問してみることにしました。
わたし:「このトレーナー見て。なんで、セロハンテープがこんなについてるの?」
母:「あぁ、これね。デイサービスにトレーナーを持って行って、やったのよ」
わたし:「俺のトレーナーを、デイサービスには持って行かないでしょ?」
母:「じゃぁ、ヘルパーさんが、トレーナーにセロハンテープ貼ったのよ」
母は自分がセロハンテープを貼った理由を忘れてしまったので、取り繕って言い訳を繰り返しているようでした。
「わかった」と言って、理由探しを止めてもよかったのですが、あまりに不思議な出来事だったので、この日はさらに母に質問しました。
わたし:「ヘルパーさんが、俺のトレーナーにセロハンテープ貼る理由がないでしょー」
母:「そうよね…」
母の取り繕いは、出尽くしたようでした。結局、理由はわからないとあきらめたそのとき、最後に母がこう言ったのです。
母:「あんたのトレーナーのゴミを取ろうと思ってね、セロハンテープを貼ったのよ」
最後の言葉だけは、取り繕いではないと思いました。
というのも、母は服についた毛玉やゴミが気になる人で、時間があるときはいつも、毛玉やゴミを取る習慣があったからです。
おそらく、母がわたしのトレーナーを洗濯した際、ゴミがトレーナーに付着したのだと思います。それをまとめてセロハンテープで取ろうとして、作業途中でセロハンテープのことをすっかり忘れ、そのままトレーナーを畳んでしまったのでしょう。
何でも認知症のせいと決めつけていた
母とわたしの日常会話のほとんどは、母の作り話や妄想がベースになっています。飛躍した話の間違いを指摘することもありますが、もはや間違いが当たり前と思いながら、8年介護しています。
そんな毎日なので、セロハンテープも認知症の症状の何かだと、心のどこかで決めつけていました。それがまさか、息子のトレーナーのゴミを取るためだったとは…。
母の正論に言葉も出ず、何でも認知症のせいと決めつけてしまっていた自分自身を責めました。
今日もしれっと、しれっと。
工藤広伸(くどうひろのぶ)
祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士、なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/)