長寿の町・京都府京丹後市が取り組む運動習慣「のびのび体操、あえて不便な生活環境」103才女性が健脚の理由
平均寿命が延び、100才を迎えても快活に動き、生活するお年寄りは増えている。中でも京都府の最北端にある京丹後市は、百寿を超えてなお心身ともに健康で、周囲とのコミュニケーションを楽しめる理想の長寿ライフを体現する高齢者が多く暮らしている。
京都府京丹後市「100才で現役の町」の秘密
京都府京丹後市には、5万人余の人口のうち、100才以上の人口率が今年9月末時点で全国平均のおよそ3倍にも及ぶ114人。しかもただ長寿というだけではない。京丹後の町を訪ねてみると、自分の足で歩き、自分の歯で食べ、そして楽しそうに語らう高齢者の姿があった。
そんな京丹後市の“長寿の秘密”を探るべく、京都府立医科大学では2017年から、短命で知られる青森県の弘前大学と協同で「京丹後長寿コホート研究」を進めている。この研究により、京丹後市民には「長寿型腸内フローラ」が整っていることが明らかになった。
京丹後市民の腸内細菌は、善玉菌が多く悪玉菌が少ないという特徴があるという。京丹後は海や山、田畑が身近にあるため、昔から食卓には食物繊維が多い野菜や海藻、魚などを中心とした腸にいい食材が並んでいる。食は京丹後市民の長寿を作る大きなファクターだと考えられている。
→「100才超えの人が114人!全国平均の3倍の町」京都・京丹後市の高齢者の食生活「長寿の秘密」を専門家が分析
要介護1・103才女性「健脚の理由」を息子が明かす
バランスのいい食事とともに年を重ねてなお、健康かつ幸せに生活するために必要なのは自分の足で歩くこと。同市内のよしおかクリニック院長で、予防医療を目的とした温浴施設『ぬかとゆげ』のオーナーでもある吉岡直樹さんは、「市民の多くは100才を超えても自分の足で歩いている」と話す。
「高齢になっても元気なかたが多く、通院も自分の足でされるかたが珍しくないですね。ご家族と一緒に来院されるかたがほとんどですが、中には100才を超えてもご自身で車を運転されてくるかたもいます」
大正9年生まれ、103才の谷川睦子さんは認知症があり、要介護1と認定されてはいるものの、離れに住む息子夫婦の手を借りることなく食事やトイレ、着替えなどは自分でこなし、段差の多い家の中を自在に歩き回るなど、日常生活にほぼ支障がない。おしゃべりも大好きで、特に趣味の俳句の話になるといっそう饒舌になり、途切れることなく話が続く。
谷川さんの健脚の理由を息子の正義さん(79才)はこう話す。
「母が100才を超えても自分の足で歩くことができるのは、昔ながらの家の造りが理由なのかもしれません。古い家なのでバリアフリーとはほど遠いんです。玄関には30cmほどの段差があるし、トイレに行くにも段差がある。ずっとこの家で暮らしてきた母は、当たり前のようにその高低差を乗り越えて生活してきましたし、いまでも家の中をよく歩いています。無意識のうちに足腰が鍛えられているのかもしれないです」
市をあげて運動習慣に取り組む
“不便な生活環境”は谷川さんの家に限ったことではない。
吉岡さんが指摘する。
「雪が多い地域で、かつては1階は雪に埋もれて日光が入らなかったため2階以上に生活スペースを設けている家が多く、生活の中に当たり前に階段の上り下りがあります。外に出ても町全体を通して、坂道や階段がそこここにあり、どこへ行くにも遠いので、高齢者にとっては障害が多いとも言える。しかし、不便さがかえって健康につながっているとも言えます。厳しい住環境の中で生きていたら、自然と健康長寿になった、ということではないでしょうか」
さらに、自立した生活を送らざるを得ない事情もある。「京丹後長寿コホート研究」のプロジェクトリーダーを務める京都府立医科大学大学院医学研究科循環器内科学教授の的場聖明さんが言う。
「京丹後市は全国的に見ても世帯人数が少なく、青森県弘前市は平均3.2人なのに対し、京丹後市は2人強。つまり、同居家族が少なく、高齢夫婦だけの世帯や独居が多い。子供や孫など若い人と同居していると家族が買い物や用事をやってくれますが、ひとり暮らしであれば自分が動かねばならない。そうした“人任せにできない”状況が体の健康だけではなく、認知機能のアップにもつながるのではないでしょうか」
生活環境がバリアフリーどころか障害が多い半面、市の取り組みは手厚い。特に毎年9月に市が開催している「京丹後市総合体育大会」は、市民の健康長寿に一役買っている。
「京丹後市は2004年、6町が合併してできた市ですが、もともと各町ごとに運動が盛んでした。その名残りで、毎年町対抗での競技大会が開催されています。競技種目は、陸上競技やバレーボール、ゲートボール、ボウリングに卓球とさまざま。年齢制限はなく、チームによっては90才のかたが参加することもある。本番に向けて、平日の夜に体育館で練習に励んでいます」(吉岡さん)
介護予防に「のびのび体操」とは?
市をあげての運動習慣への取り組みはほかにもある。2015年から市歌を使ったオリジナルの“のびのび体操”と銘打った介護予防体操を考案し、65才以上を対象に各地域に広めているという。
「要介護の前段階であるフレイル(心身の脆弱化)を予防し、骨粗しょう症や転倒骨折、認知症を防ぐために考案された体操です。市歌に合わせたウオーミングアップに続いて自重やペットボトルを使った筋力トレーニング、有酸素運動を兼ねた脳トレを行う。立位でも座位でも取り組めるプログラムになっていて、クーリングダウンも含めて約40分の内容です。現在も市内の25地域で継続しており、8年以上続いている地域もあります」(同市健康推進課)
記者が訪れた日は6人の参加者が集っていた。和気あいあいと「今日の脳トレのテーマはどうする?」と話し合い、お題は「野菜の名前」に決定。足踏みをしながら「タ」か「ダ」が頭文字の野菜の名前を順番に言っていく。
「大根、大豆、玉ねぎ、たけのこ…」と順に単語を発しながら、歌に合わせてリズミカルに運動が続いていった。
「私、皆勤賞なのよ」とうれしそうに話すのは土居弘子さん(82才)だ。9年前に夫を亡くし、現在はひとり暮らしをしている。
「家でゴロゴロしていても退屈じゃない? 1時間ほど体を動かすのは楽しいし、何よりここにきたらおしゃべりもできる。週に1回、こうして顔を合わせて、元気?なんてちょっと話すのがいいのよ。“のびのび体操”だけじゃなくて、最近は車で30分くらいのところにあるジムに通うのも日課。そこでも“ジム仲間”ができたのがうれしくて」
おしゃべりを楽しみながら歩く
土居さんが「おしゃべりが楽しみ」と話すように京丹後市民の運動習慣は体を動かすだけではなく、地域交流の役割も帯びている。地域住民が発足させた「網野町歩こう会」もそのひとつ。今年55周年を迎えた同会は、参加者同士が会話を楽しみながらウオーキングができる機会を提供している。
会員数は現在約57人。年に1回は四国や北陸、関東まで小旅行もかねて“遠征”することもあるという。
記者が取材した日は、朝9時から36人ものメンバーが集まった。駅前から出発し、海水浴場まで片道1時間の道のりをおしゃべりを楽しみながら歩いていく。連なって歩く人々の中に、「健康の秘訣は食」と話してくれた84才の岩本佐伃子(さよこ)さんの姿があった。
「お互いの杖代わりなのよ」と、家が近所だという仲よしの中川佐奈美さん(80才)と手をつないで歩く岩本さんは10年ほど前に転倒で頸椎を損傷し、四肢まひで4か月もの入院を経験したという。
「もうこの先、歩かれへんと思ったわ。転んで尻餅ついて何日かすると手足がしびれて、歩くこともつらなって、これはあかんと病院に行ったら入院ですって。手術はせんでもよかったものの、リハビリの毎日。いま思い出してもキツかったよ。いまもしびれが少しあるから、こうして手をつないで支えてもらってるんや」(岩本さん)
こうした参加者同士のコミュニケーションも健康長寿につながっていると的場さんは解説する。
個人的なことを話せる友人が多い
「京丹後市の人は弘前市と比較すると、より個人的なことを話せる友人が多いという調査結果が出ています。雪が多い地域でもあり、困ったときに家族以外で助け合う仕組みが自然とできているため、医療の情報も共有できる。おしゃべりに興じることは嚥下(えんげ)機能の低下予防にもなります」
年齢を重ねても現役で働く人が多いのも同市の特徴。岩本さんも中川さんも80代にして仕事を持っていた。
「ちりめん織の糸をつなぐ“たてつなぎ”という作業に呼ばれ、時々出勤することがあります。2人1組でやるから気晴らしにもなるし、やっぱり働くのは楽しい。この年になっても働かせてもらえるなんてうれしいことやね」(岩本さん)
中川さんは、「仕事の声がかかるのは生きがいでもある」と話す。
「夏の海水浴シーズンや冬のかにのシーズンは人手が足りなくなるみたいで、近くの旅館から声をかけてもらえるの。午前中に4時間程度、朝ごはんの準備やお掃除のお手伝いをしに行っています。“人が入り用や”と言われたらありがたいし、体が動くうちはできるだけ働きたい」
京丹後の人が口を揃えたのは「何も特別なことはしてへんよ」──慣れ親しんだ生活のあちこちに長寿の秘訣が隠されている。
※女性セブン2023年11月2日号
https://josei7.com/
●京丹後市は100才超の人が全国平均の3倍以上!長寿の秘密「腸内環境」を医師が解説