46才で若年性アルツハイマー型認知症と診断された夫と妻の体験談|当事者とその家族が見ている世界
認知症は一般的には高齢者に多い病気だが、65才未満で発症すると「若年性認知症」と呼ばれる。そんな若年性認知症の当事者は、症状とどう向き合っているのか、周りに何を求めているのか話を聞いた。京都在住の認知症当事者の下坂厚さん(50才)と妻・佳子さん(58才)にお話を聞いた。
頭のスイッチが切れて何も思い出せない
4年前、46才のときに若年性アルツハイマー型認知症と診断された下坂厚さん。最初に感じた違和感は、一緒に働く仲間の名前が出てこなくなったことだった。
「昨日まで名前を呼んでいた同僚の名前がわからないんです。突然スイッチがオフになる感覚で、思い出したくても何も出てこなくなりました」(下坂さん・以下同)
初めは疲れているのかと思ったが、そのようなことが頻繁に起こるようになった。何かがおかしいと不安になりインターネットで自分の症状を検索すると、「認知症」というワードが出てきた。
「毎年受診していた健康診断では何も問題がなかったですし、まさか自分に認知症の疑いがあるなんて夢にも思いませんでした。とりあえず妻に内緒で、近所の『もの忘れ外来』を受診しました」
病院では認知症のテスト「長谷川式認知症スケール」を受けた。このテストは30点満点で、19点前後なら軽度の認知症、15点前後なら中度、10点前後なら重度と判断される。下坂さんは15点だった。
「認知症の専門医がいる病院を紹介され、そこで脳の画像検査や血流検査を受けました。その結果、若年性アルツハイマー型認知症と診断され、目の前が真っ暗になりました」
妻の佳子さんにも病名をしばらく言えずにいた。可能ならば認知症のことはずっと隠しておきたかったという。
「なんて言えばいいのかわからなかったんです。結局、妻に伝えたのは、仕事を辞めた後。脳のMRIの検査依頼箋が見つかって白状しました」
失敗しても笑ってくれる。その距離感がありがたい
若年性アルツハイマー型認知症は、高齢の認知症よりも進行が早いといわれている。ただし進行具合も、現れる症状も個人差がある。下坂さんの場合、道に迷う、簡単な計算や字を書くのが難しい、本や記事など長い文章を読んで理解するのが苦手、といった症状が出ているという。
「時間の感覚がおかしくなるときもあります。1時間は60分なのに、100分はあるような気になって、出発時間まで余裕がある感覚になってのんびりしてしまう。そんなときは妻に、“出発の時間だよ”と声をかけてもらって、ハッとする感じです」
下坂さんは現在、社会福祉法人と業務委託契約を結び、広報用写真の撮影などに従事するほか、認知症に関する講演活動などを行っている。
「講演に行くと、“ひとりで来られるんですね”などと言われます。“認知症患者らしくないですね”と言われることもあり、それがいちばん傷つきます。相手はほめているつもりだと思うのですが、これは、認知症=何もできないという偏見からくる言葉。認知症だから何もできなくなるわけではなくて、できないことが出てくるだけ。ぼくはそれも、認知症とともに生きる人の個性だと思っています」
隣で見守る佳子さんは、厚さんの行動に一喜一憂しないようにしているという。
「妻はぼくが失敗しても、笑って許してくれます。その距離感がすごくありがたい。症状が出るたびに“病院に行った方がいいんじゃない?”なんて言われたら、精神的に参ってしまうと思います」
認知症とともに生きる下坂さんにとって、いちばん大事なのはいま、この瞬間だ。
「いつか、妻のこともわからなくなるときがくるかもしれません。たとえそうなってもぼくの中にある妻への記憶が失われたわけではありません。一緒に過ごした思い出は決して消えませんから」
悲観的にならず、未来に目を向けられるのは、家族の支えが大きいからだろう。
→認知症の人が見ている世界「約束を忘れる、徘徊する」症例別の対処法を専門家が解説
教えてくれた人
下坂厚さん、下坂佳子さん
京都府京都市在住。現在は、社会福祉法人にて広報業務に携わる。認知症当事者としてインスタグラム(https://www.instagram.com/atsushi_shimosaka)で趣味の写真を発信したり、認知症の啓蒙活動も展開中。ホームヘルパーとして働く妻とふたり暮らし。主な著書に『記憶とつなぐ 若年性認知症と向き合う私たちのこと』(双葉社)。
取材・文/鳥居優美 イラスト/河南好美
※女性セブン2023年7月27日号
https://josei7.com/