ケンタロウさんのリハビリを支える希望の車いす「COGY」に試乗してみた!
色は、ビビッドなイエローとレッド。今までの車いすの印象を大きく覆すおしゃれな外見である。なぜ、この2色を選んだのか鈴木社長に伺ってみた。
「車いすをつくろうと思ったときに、まず、介護施設や介護者の方たちに車いすの印象についてアンケートをとってみました。すると『冷たい』『見るだけで気分が暗くなる』『地味』というネガティブなものばかりでした。まずはイメージを払拭しなければと思い、スポーツカーのカラーを参考に、この2色を選びました」
サイズは記者が試乗したMサイズ以外に、身長180㎝以上の人を対象にしたLサイズと、子ども用の小さなSSサイズ が用意されている。ケンタロウさんが使用しているのはLサイズとのこと。
「もともとはMサイズだけを販売していたのですが、競輪選手やプロレスラーなど、過酷なスポーツをされていてケガで歩けなくなった人からのオーダーが多く、大きなサイズをつくりました。試合中のケガで四肢麻痺になったプロレスラーのハヤブサ 選手も愛用されていました」
デスマッチと呼ばれるような試合にも多く出場していたハヤブサ 選手はケガで動けなくなってから、落ち込み、家から一歩も出ない生活を送っていたそうだが、レスラー仲間から『COGY』をプレゼントされ、その場で足が動いたことに感動し、家の周囲を爆走するようになったという逸話が残っている。
病気で他界されたが、24時間テレビのリレーに『COGY』で参加し、最期はリングの上に自分の足で立つまでに回復したというから、『COGY』のリハビリ効果は相当のものだと考えられる。
ほかにも、100歳を超えて現役の医師を続けていたあの方や、今年逝去した著名な歌手も脳梗塞のリハビリに『COGY』を使っていたそうだ。
「車いすというと、移動手段として捉えますが、『COGY』は『自分で何かがしたくなる』道具だと考えています。難病で足が動かなくなった方が、神奈川から大手町のオフィスまで『COGY』で毎日通勤していたり、脳疾患で麻痺の残った会社社長が、現場に復帰して経営を続けているケースもありますし、マラソン大会に出場を果たしている人もたくさんいます。今年は、ホノルルマラソンに『COGY』で参加することが決まった方もいます」
教師時代の「車いすの教え子に何でもやらせたい」という思いが出発点
鈴木社長の経歴を伺うと、驚いたことに元小学校教諭だという。
「山形県で 小学校の教諭 をしていたころ、自分のクラスに車いすで生活をする生徒がいました。何にでも積極的で、親御さんも一生懸命にサポートしていましたが、運動会や遠足では、見学や欠席を余儀なくされることがたくさんある。何でもやらせてあげたい、こういう子たちにたくさん笑顔になって欲しい、そう思っていた矢先、テレビで東北大学の先生たちが足こぎ車いすの研究をしているという映像が流れたのです。
自分も若かったのですよね、いきなり東北大学に出向いて、大学の先生たちを質問攻めにしてしまいました。それからほどなく、大学でベンチャーを立ち上げるというので参加させてもらったのです。ただ、大学の研究というのは”商品をつくる”という考えではありません。当時の足こぎ車いすは重さ80㎏で一台の価格が130万円くらいで設定されていました。これでは一般の人が使うのは難しい。そうこうしているうちに大学のベンチャーが終了してしまったので、足こぎ車いすの研究は頓挫することになってしまいました。どうしても商品化したかったので、大学にかけあったところ、快くライセンスを許諾して くれたのです」
2008年、小学校の教諭を辞め、株式会社TESSを立ち上げることになるのだが、右も左もわからないビジネスの世界。ニューロモジュレーションを最大限に引き出せる設計、軽くて安くてかっこいい、そして360度その場で回転できる足こぎ車いすをつくりたい。その情熱だけで鈴木社長は日本中を駆け回った。
「自転車メーカー、車いすメーカー、日本中の工務店に片端から掛け合いましたが、すべて断られました。それでもと何度も頭を下げ、ようやく試作品の製作に協力してくれたのが、プロの車いすテニスプレーヤー国枝慎吾選手の車いすを製作している株式会社オーエックスエンジニアリングでした。
こちらが要望したものを遥かに超える、スタイリッシュな足こぎ車いすの図面が完成してきて感激しました。コスト、重量ともに軽量化され、すぐに商品化にこぎつけることができたのです」
カンヌ国際広告祭でのブロンズ賞を皮切りに数々の賞を受賞
しかし、市場に出たものの認知度はなかなか高まらない。そんな中、『COGY』を紹介した映像が、カンヌ国際広告祭でブロンズ賞 を受賞した。その映像を、フェイスブックに掲載したところ、海外の人たちの目に留まり、世界に『COGY』の名が知られることになる。
第17回の「アントレプレーナ大賞」を皮切りに、日本クリエイショ大賞2012年「日本クリエイション賞」、日本ベンチャーアワード2014「経済産業大臣賞」、グッドデザイン賞「金賞」など受賞を重ねる。イギリスのBBCニュースが選ぶ「最も美しい自転車トップ10」にも、日本発、車いす初 で選ばれた。
また、株式会社TESSの本拠地、仙台のJリーグチーム「ベガルタ仙台」とは、ホームゲームで勝利した際に、その日の最優秀選手に『COGY』を贈る約束を取り交わした。ベガルタ仙台は、 地元の支援学校や施設、病院などへ『COGY』を寄贈しに出向く。
「ある商業イベントで、たまたまお会いした当時のベガルタ仙台の社長、白幡洋一さんのお力で、『COGY』とチームのつながりができました。チームと 一緒に、子どもたちへ『COGY』を届けに行くのですが、子どもたちが『COGY』をきっかけに、夢や希望をあきらめずに頑張ろうとする姿に毎回、感動させられます」
VRと組み合わせて昔の町並みを歩く体験も
地方再生のツールとして、『COGY』が活躍する場面も増えてきている。ひとつ例をあげると、奄美大島では、ホテルに『COGY』を用意し、障害者や高齢者とその家族が宿泊した際に、家族全員がそれぞれ『COGY』に乗ってサイクリングのできる環境を整えている。
ショッピングはもちろん、焼酎工場やマングローブの里の見学も『COGY』でできるようにした。地元の高齢者も『COGY』に乗って、客を出迎えている。旅行会社とタイアップして、首都圏から障害者とその家族を奄美大島に送り込むツアーも企画している。
また、自宅にいながらにして、地域や古い町並みを散策できるような取り組みにも挑戦している。VRとGPS機能を『COGY』と組み合わせ、高齢者に自身の昔の街並みを歩く体験をしてもらうのだ。ジムのエアロバイクのように『COGY』を固定し、足こぎすることでVRに映し出される景色が変化していく設定になっている。
「東日本大震災の津波で、地元が壊滅状態の被害にあわれたお年寄りに、昔の地元の映像をVRで見せながら、『COGY』をこいでもらうと、『ここの床屋の息子は同級生でな』などと話してくれます。あとで伺うと、認知症でほとんど話をされることのなかった方だそうで、介護をされている方が驚いていました。移動手段だけでなく、生きる力を呼び戻すきっかけになる。まだまだ活用方法があると感じています」
その一つとして、鈴木社長にはeスポーツへの参入も検討しているという。
「指先しか動かせない小学生がいたのですが、『COGY』にカーレースのゲームを取り付けて、こぐことで進めるようにして遊んでもらったところ大興奮されていて、これはいけると感じました。eスポーツがオリンピックに参入するなら、eスポーツの世界に パラリンピックがあってもいい、そう思っています」
「単なる車いすではありません」
そう、何度も語る鈴木社長。試乗してみると、その言葉に納得できる。車いすではなく、乗り物である。足腰が弱くなってきた人にとっては、自転車や自動車の代わりとして、自力で動くための相棒にもなり得る。運動不足の解消にも一役買ってくれそうだ。
ケンタロウさんの復帰を待つと同時に、『COGY』の存在がさらに広まれば、人生を何倍にも楽しめる人が増えることだろう。
撮影/政川慎治 取材・文/鹿住真弓