テレビプロデューサー石井ふく子さん(96才)「不安な時代だからこそ届けたいホームドラマ」
テレビプロデューサーの石井ふく子さん(96才)は、脚本家の橋田壽賀子さん(享年95)と共にTBS系長寿ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」など多くの作品を生み出してきました。2人の親交は深く、家族のような関係だったという。街頭演説中に起きた安倍晋三元首相の暗殺など、何が起きてもおかしくないこの時代の家族のあり方について聞きました。
戦争のドラマは絶対に作らないと決めている
最近は家族のあり方が変わりました。子供を殺す事件や、自分の母親を殺すために中学3年生の女の子が殺人の予行演習をする事件まであり、本当にここは日本なのかと感じてしまいます。
私は大正生まれで、戦争中は東京の中心地に住んで空襲を経験しました。勤労動員時は目の前で3人のクラスメートが爆撃の犠牲になり、別の場所では遺体の山を見ました。凄惨な体験をしたから、戦争のドラマは絶対に作らないと心に決めています。
それでも、戦時下はみんなが団結していた。父親が戦地に行く家庭は残された母親と子供たちが力を合わせました。私の家にはふるさとがなかったけれど、空襲がひどくなると地域のお巡りさんが山形に住む親戚を紹介してくれて、そこにひとりで疎開しました。
漢字で「人間」と書きますが、人と人の間には優しさや思いやりがあります。私がTBSで60年もドラマを作れたのも、人に助けられて人に支えられたから。人は生まれてからいろいろな人に出会い、育てられるんです。
家族が関係がしっかりしていないのに恋人なんてできるわけない
そのベースになるのが家族なのに、いまの家族はバラバラです。人と人のつながりの大切さが忘れられて、誰もがひとりで生きていけると勘違いしています。いまの若い人は恋をしないといいますが、恋人は他人で家族は身内。家族の関係がしっかりしていないのに、恋人なんてできるわけがありません。
その状況に輪をかけるのが新型コロナです。戦争と違って相手が見えないから、疎開もできない。しかも先行きが見通せないなか、家に閉じこもることを強いられます。人と人の結びつきが薄くなった世の中で、さらにひとりぼっちになるストレスは相当なもので、これから先、さまざまな問題が生じてくるでしょう。
子供への影響も心配。昔は親だけでなく地域の人も参加して子育てをしたけれど、いまは一人ひとりの家庭環境が違って、子供にとって難しい時代です。そのくせ情報だけはあふれているから、親も何が正しいのかと迷ってしまい、子供に厳しくあたれません。親が迷っているから生きるうえで大切なことや、やってはならないことを教えられなくなっています。迷いを捨てて、はっきりした自分の意見を持って子供に接するべきです。
不安定な世相を反映してか、最近のドラマや映画は暴れているシーンばかりです。人と人が向き合うことなく、すぐに回想シーンになり、また元に戻ります。長い会話を交わすことでお互いの気持ちを理解するような、粘り強い展開がありません。
私は橋田壽賀子さんと二人三脚で、人と人の間の優しさや思いやりを描いてきました。これからも橋田さんの遺志を受け継ぎ、人間と家族を描くドラマを作っていきたい。こんな時代だからこそ、「ああ、見てよかった」と心が安らぐドラマをお届けしたいと思っています。
プロフィール
石井ふく子さん・96才
テレビプロデューサー。東京出身。1961年にTBSへ入社。脚本家の橋田さんと出会い、ドラマ制作に携わる。『女と味噌汁』、『肝っ玉かあさん』、『渡る世間は鬼ばかり』など多くのドラマを制作。テレビ草創期からホームドラマの歴史を作ってきた。
文/池田道大 取材/平田淳、宇都宮直子、進藤大郎、村上力
※女性セブン2022年9月15日号
https://josei7.com/
●『家政婦は見た!』原作を見事にドラマ化!石井ふく子「松本清張おんなシリーズ」の功績