出川哲朗が『プロフェッショナル』になるまで 100日間密着取材でわかった愛される本当の理由
7月27日放送の『プロフェッショナル~仕事の流儀~』(NHK総合)では、リアクション芸人・出川哲朗に100日密着、そのあいだに盟友・上島竜兵(ダチョウ倶楽部)の訃報が届き、深く「プロフェッショナルであること」に向き合う出川哲朗の姿に感動の声おさまらず、31日の再放送を経て反響はまだ広がりつづけている(NHKプラスで見逃し配信中)。テレビっ子ライター・井上マサキさんが感動を振り返ります。
抱かれたくない男No.1から好感度No.1に
ある年代以上の方は、「出川哲朗=抱かれたくない男1位」のころを覚えているのではないだろうか。
20年ほど前、リアクション芸人としてテレビで体を張り、「面白くない」「気持ち悪い」と嫌われ、『ボキャブラ天国』で「自称ポストタモリ」と名乗っていた、あのころの出川さんを。
それが今や、である。子供から大人まで好感度は抜群で、土曜のゴールデンタイムに冠番組を持ち、CMには何本も出演。街を歩けば、握手や写真を求める人が次々集まってくる。もはや国民的人気者だ。出川さんがこんなに愛される存在になったこと、あのころの人たちに教えたら信じてくれないと思う。
今なぜ、出川哲朗は愛されるのか? その秘密を探るため、7月27日放送の『プロフェッショナル~仕事の流儀~』(NHK総合)では、出川さんに100日間の密着取材を行った。
番組は銭湯ロケで服を脱いでいる場面からスタート。「プロフェッショナルで裸は初めてだと思いますよ」とスタッフに言われ、出川さんは「やった~!」とパンツをおろすも、「こんなの全然プロフェッショナルじゃないよ!(笑い)」と自分で笑う。
今の人気について、本人に直接聞いてみるが、自分でも何が原因か分からないそう。だって、かつて地元から「横浜の恥」とまで言われていたのに、この5月には横浜で一日署長を努め「横浜のスーパースター」とアナウンスされてたりするのだ。真逆なのである。
「応援してもらえるのは嬉しいんだけど、世間は勝手だなと……(笑い)そう思うとこもちょっとだけありますね。だって(自分は)何にも変わってないから」
「本当にリアルに、負けて負けて負けて、やってるうちに結果そういう道ができてたというか。出川哲朗という道ができてきた感じっすかね」
カメラは『アメトーーク!』や『イッテQ!』の収録現場や楽屋裏、全国各地でのロケ、プライベートの野球観戦にもついていく。カメラの前で大事にしているのは、「ノーガード」。どんなパンチが飛んできても、全てを受け入れる体勢でいる。ただ、こうも思うのだ。
「おもしろさも結局、全部引き出してもらっているんですよね。じゃぁそれがプロフェッショナルなのかと言われちゃったら、プロフェッショナルじゃないんですよね。自分じゃないから。引き出してもらっているから」
出川さんは「自分はプロフェッショナルなのか?」と思いながら、『プロフェッショナル』に密着されている。そしてその疑問は、日ごとに大きくなっていく。
体を張れなくて、何がプロフェッショナル
密着初日、出川さんは自分の肩書きついて「僕、”芸人”ではないんですよね」とスタッフに話している。
舞台に立ち、客前で漫才やコントをするのが芸人であり、自分はそうではないから芸人とは言えない。だから自分は「リアクション芸人」と言うしかない。そう話すとき、出川さんは「芸人」ではなく「芸人さん」と呼ぶ。舞台に立つ人へのリスペクトを感じる。
ただ、そのリアクション芸にも逆風が吹き始めている。4月15日、BPO(放送倫理・番組向上機構)が「出演者が痛がる様子を笑いの対象にするようなバラエティ番組の演出は、いじめに発展する危険性がある」として、制作サイドに配慮を求める見解を示したのだ。
既に制作現場にも変化が起き、「『痛い』と言わないように」と求められた人もいるという。このまま体を張った笑いがなくなってしまうのではないか……。そう心配して楽屋を訪れた尾形貴弘(パンサー)に、出川さんは「大丈夫、崩れないから」と語りかける。
「もうそれは、やり続けるから。これ難しいかも知れないけど、歌舞伎とかが古典になっているように、俺らの熱湯風呂とかザリガニも古典芸みたいなふうにしていっちゃおうかなって(中略)特殊な人たちがやっているっていう笑いには、できるような気がするんだよね」
リアクション芸が生き残る道を模索する出川さんだが、実際、体を張る仕事は徐々に減ってきている。さらに追い打ちをかけるかのように、その笑いを担う盟友が密着中に旅立った。あまりにも突然だった、ダチョウ倶楽部・上島竜兵さんとの別れ……。
訃報から2週間後。芸人たちとの飲み会で、出川さんは「(体を張れなくて)何がプロフェッショナルなんだろう」とこぼした。これに堀内健(ネプチューン)は「俺は思うんだけど」と口を開く。
「出川さんはリアクションもプロフェッショナルだけど、出川哲朗っていう人間がプロフェッショナルだから、別に普通にしてりゃいいんですよ(中略)自分でそんなにカテゴリーに分ける必要ないと思いますよ」
出川さんに密着していると、本当に真摯に仕事に取り組んでいることが分かる。番組から求められたアンケートは時間をかけて埋め、ロケでは良い映像が撮れるまで何度もやり直す。その姿勢は常に“リアルガチ”だ。
俳優でも、芸人でもない。強いて言うなら「リアクション芸人」。だが、リアルガチを20年続けた出川さんは、もはや「出川哲朗」という唯一無二のプロフェッショナルになっていた。
「俺もプロフェッショナルになりたい!」
100日間の密着が終わった次の日の、101日目。『プロフェッショナル』といえば、番組の最後に「プロフェッショナルとは?」と聞くのがお決まりの流れだが、出川さんが連れてこられたのは遊園地のジェットコースターだった。
20年前、出川さんがテレビで注目されたきっかけは、ジェットコースターに乗らされたリアクションだった。というわけで、初心に返ってジェットコースターに乗りましょう!とスタッフは言う。
「いやいや意味わかんない」と嘆きつつ、素直に先頭座席に固定される出川さん。無情にもジェットコースターは出発し、頂点に向かう。「やばいやばい」「来るよ来るよ……!」と、急降下を始めたそのとき、地上でスタッフが掲げた「プロフェッショナルとは?」の文字が見えた。
「こんなとこで言うのかよ!」「なんで今なんだよ!」と叫んでも、コースターは止まらない。「プロフェッショナルとは……えー……」と口にしようとするけど、急降下に目を見開き、急カーブに顔が歪んでそれどころじゃない。それでも一瞬スピードが緩んだ隙に、出川さんは「ブレないこと!」と叫んだ。
「ブレないこと! ブレないこと! ブレないでじぶ……ブレないで自分……ブレないで自分の好きなことをやり続けること!……それを仕事としてやっている人は、みんなプロフェッショナルなんじゃないか……俺もプロフェッショナルになりたーい!!……俺も……俺もプロフェッショナルになりたい!」
背景は高速で後ろに吹き飛び、強い風が真正面からぶつかってくる。逆風のなかで、出川さんはリアルガチなリアクションを取りながら、リアルガチな思いを叫ぶ。それも、ちゃんとコースターが止まるまでに言い切る。笑いも涙も仕事も全て成立させる、これがプロフェッショナルじゃなくてなんだろう。
コースターが止まり、出川さんはスタッフに「ここで言うことじゃない」「スタジオで、ちょっと暗くして……そうでしょ?プロフェッショナルって」と息も絶え絶えにツッコむ。そして「今までジェットコースターに乗って『プロフェッショナルとは?』を言った人っているんですか?」と聞くのだ。
1人もいないです、という答えに、出川さんは「オンリーワン? じゃいっか……」と笑う。出川哲朗というプロフェッショナルは、やはり1人しかいない。
文/井上マサキ(いのうえ・まさき)
1975年 宮城県石巻市生まれ。神奈川県在住。二児の父。大学卒業後、大手SIerにてシステムエンジニアとして勤務。ブログ執筆などを経て、2015年よりフリーランスのライターに。企業広報やWebメディアなどで執筆するかたわら、「路線図マニア」としてメディアにも出演。著書に『日本の路線図』(三才ブックス)、『桃太郎のきびだんごは経費で落ちるのか?』(ダイヤモンド社)など。