反論してもダメ、謝罪しても炎上、ネットの誹謗中傷にのみ込まれないために観ておくべき3作品
2020年5月、プロレスラーの木村花さんが22歳の若さで自ら命を絶った。その原因は、SNSでの激しい誹謗中傷にあるとみられ、投稿者の責任、そういったコメントを制御するシステムなど、法整備も含めて大きな議論となっている。身近になったインターネットの危険にどう対処したらよいのか。コミュニケーションゲーム『はぁって言うゲーム』の作者・ゲーム作家の米光一成さんが映像作品を通して考えます。
複雑化し、多様化していくネットの闇を放っておけない
急に「警告!」と画面が真っ赤になって、ビービービーと警告音がなってビビったことがある。何かヤバいことをしてしまったかと焦ったが、偽警告(フェイクアラート)詐欺だった。
ネットには危険がいっぱいだ。炎上、フェイクニュース、危険な闇サイト、迷惑YouTuber、ネット広告詐欺などなど。複雑化し、多様化していくネットの闇を放っておくと、恐ろしい目に合うかもしれない。
ネット上でどんな危険があるか、よく知って、自衛することも大切だ。そこで、「ネットの闇」を描いたドラマ・映画3本を紹介する。
『クリックベイト』:釣り記事、釣り映像、犯罪動画の闇
「私は女を虐待してる。視聴回数500万で死ぬ」と書かれたボードを掲げた男。額から血を流し、縛られている。
そんな動画を見つけてしまったら。そして、その男が自分の兄だったら? 想像してみてほしい。視聴回数が500万回いったら、親しい人に危害が加えられる動画がアップされたら。怖い。
『クリックベイト』は、そんなショッキングな設定で、全8話、スリリングなどんでん返しの連続で疾走するドラマだ。
兄がどこに監禁されているか探すためにオタク少年をたよると、「GeoNicking」という兄を探索するサイトが立ち上がる。だが、断片的な情報から、兄は本当に「女を虐待してる」のではないか、妻は浮気しているのではないか、とネットを通じて、好奇の目にさらされ、マスコミに追われ、野次馬に悩まされる。
デートアプリの闇も絡んできて、事態は謎が謎を呼ぶ展開に……。
監督は、『フラクチャート』『ベイルート』『マシニスト』『ザ・コール 緊急通報指令室』のブラッド・アンダーソン。2021年、オーストラリア作品。焦点人物が1話ごとに変わる構成でありながら、見始めるとやめられないクリフハンガー展開、ジェットコースタームービー的な疾走感のあるサスペンスドラマの傑作です。
『クリックベイト』
出演:ゾーイ・カザン、ベッティ・ガブリエル、エイドリアン・グレニアー
『ザ・チェア 〜私は学科長〜』:謝罪炎上、ナチス式の敬礼、キャンセルカルチャー、正義の暴走
なにげなくやったことが、知らない間にスマホで撮影されていて、しかも悪意を持って切り取られ加工されて拡散、炎上してしまったら……。
『グレイズ・アナトミー』のクリスティーナ役のサンドラ・オーが主演を努め、製作総指揮にも加わっているドラマ『ザ・チェア 〜私は学科長〜』は、そんな状況に追い詰められた教授を描いている。シーズン1全6話。
舞台は、名門大学の英文学科。学科長に就任したのが、主人公のジユン・キム(サンドラ・オー)。”一流大学の学科長に初めて有色人種の女性が就任”した。
その同僚のビル・ドブソン(ジェイ・デュプラス)が、授業中「人生は無意味であるという思想は、8500万人の死者をだした世界大戦の後に生まれた」とファシズムの説明をするときに、ナチス式の敬礼の動作をする。
この場面の動画が切り取られ、SNSで拡散。ビルはネオナチ思想の持ち主だと誤解され糾弾される。ビルは、学生と対話しようとするが、「誤解を招く言動をしたことを……」と言ってしまう。謝罪をさえぎって、学生たちは声をあげる。
「謝罪じゃない」
「誤解させたなら……”残念”?」
「捉え方の問題にして俺たちに責任転嫁してる」
「いつもこう。どう見ても不適切な言動でも指摘すると”誤解だ”と言われる」
現実世界でも「謝罪になってない謝罪」が横行して、SNS上で呆れられたり、批難されたりする。正義は暴走しがちだ。SNSの時代だとあっという間に広まってしまう。断片的な情報だけで、正義の熱で炎上を生み出す。断罪しようとしてしまう。
『ザ・チェア 〜私は学科長〜』は、大学を舞台にして、戯画化はすれども単純化せず、現代的な課題をなまなましく描く。
商業化する大学の問題(稼げる大学!!!)、キャンセルカルチャー、炎上、SNSの悪用、世代間ギャップ、人種差別、性差別、、正義の暴走。ドラマは、少しずつ変わっていく希望を描いているが、エンタテインメントらしいスッキリした解決に着地しない。人生は続いていくのだ。
『ザ・チェア 〜私は学科長〜』
出演:サンドラ・オー、ジェイ・デュプラス、ホーランド・テイラー 原作・制作:アマンダ・ピート、アニー・ジュリア・ワイマン
『否定と肯定』:暴言、ミソジニー、名誉毀損、炎上
SNSで、とんでもない暴論を見る、腹が立つ、カッカして反論する。こんな酷いことを言っているヤツがいると晒す。だが、そうすることで、暴論を取り上げるに値する意見だとして拡散してはいないだろうか。
『否定と肯定』は、実話を元にした映画だ。ホロコーストを研究するリップシュタット教授が訴えられる。訴えたのは「アウシュヴィッツにガス室はなかった」と主張するホロコースト否定論者のアーヴィング。
アメリカの法廷ならば原告に立証責任があるのだが、これはイギリスの法廷闘争。イギリスでは、名誉毀損で訴えられた側に立証責任がある。つまり「ホロコーストはなかった」と言うアーヴィングが間違っていることをリップシュタット側が証明しなければならないのだ。
ところが、弁護団は、リップシュタット教授にもサバイバー(ホロコースト生存者)にも証言させない。リップシュタット教授が証言して議論を交わすと、いかにも議論に値する両論があるように見えてしまうからだ。
同じ土俵に乗ってはいけない。そうではなく嘘を言う人の嘘を暴くだけだ、というスタンスで立ち向かう様子を描いていく。SNSでも、嘘や暴論に反論して、反論に値するものだと格上げして無自覚に拡散してる人がいる。そういう人は、ぜひこの映画を観て「暴論に肯定を対置してはならない」と肝に銘じるといいだろう。
邦題は『否定と肯定』と両者を並べてしまっているが、原題はシンプルに『Denial(否定)』のみだ。
『否定と肯定』Amazonプライム、Netflix他にて配信中
出演:レイチェル・ワイズ、トム・ウィルキンソン、ティモシー・スポール 監督:ミック・ジャクソン 原作:デボラ・E・リップシュタット 脚本:デビッド・ヘア
文/米光一成(よねみつ・かずなり)
ゲーム作家。代表作「ぷよぷよ」「BAROQUE」「はぁって言うゲーム」「記憶交換ノ儀式」等。デジタルハリウッド大学教授。池袋コミュニティ・カレッジ「表現道場」の道場主。