兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第34回 兄、盗聴疑惑】
会社勤めを辞めた後、ほぼまる1日家で過ごす兄は若年性認知症を患っている。兄と2人暮らしをするライターのツガエマナミコさんが綴る日々のこと。
自宅での仕事も多いツガエさんだが、現在ちょっと気になることがあるという。きょうだいとはいえ、一つ屋根の下に暮らすと色々あるようで…。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
まるでサスペンス!? 扉の向こうで兄が…
扉を開けたら誰かが不自然にそこにいたという経験はございませんか?
最近ときどき、扉を開けるとすぐ兄がいるというシーンがありゾッとしております。兄は「いや、ただの通りかかり」と言わんばかりに平静を装うのでございますが、妹の勘は兄の盗聴行為を確信しております。わたくしが疑いのまなざしを向けると、すかさずテレビに夢中のふり。そのわざとらしいコント張りの態度こそ確信犯の証拠ではございませんか!
そう、わたくしの部屋は、兄の大好きなテレビのあるリビングとふすま一枚隔てた小部屋でございます。窓がなく、エアコンもない、解放感ゼロの密室。でもその5畳ほどしかないスペースにベッド、パソコンラック、電話台、デスク、本棚代わりのカラーボックスなどがギューギューにひしめき合っておりまして、手を伸ばせばなんでも取れるコンビニエンスなところがたいへん気に入っております。
しか~し、こんなに兄がリビングに入り浸ることになるとはまったくの想定外でございました。引っ越した当時、兄は通勤をしておりましたし、兄の部屋にはテレビもエアコンもあるので、会社を辞めても多くの時間を自室で過ごしてくれると思っていたのでございます。そうしてわたくしはふすまを開け放すことでリビングと一体化したどこよりも広~い部屋を獲得し、エアコンの恩恵にもあずかれるはずでございました。
なのに、人は思い通りに動いてくれないものでございます。わたくしは兄の目線を避けるように、今このときこの瞬間もきっちりとふすまを閉めきり、コンパクトでコンビニエンスな密室の中でパソコンを叩いております。冬春の間はいいですが、今年も夏は地獄になること間違いございません。
兄の盗聴疑惑に関して、擁護の立場で申し上げれば、扉を閉めてしまうと中にわたくしがいるのかいないのかが分からなくなってしまうので、存在の有無を確かめたくてそばで聞き耳を立てているのだと推測がつきます。
認知症でなくても、そういうことはございましょう。でもどうにも嫌だったのは、昨年の夏の深夜、兄が寝静まったと思ってふすまを開放して薄着で仕事をしていたとき、気配を感じてふと見ると、兄がまさかの覗き見!ちょうど角から目だけをニョロリ~とのぞかせた瞬間に目が合ったのでございます。
まず、忍び足で近づいていたことに異常さを感じました。さらに、わたくしが驚いて「何かご用?」と言うと、何も言わずに照れ隠しでニヤついたのです。
まるでサスペンスドラマ、いやホラー映画でございます~!
その後も深夜トイレに起きたついでなのか、通り道でもないわたくしの部屋をわざわざ覗きに来ることがちょくちょくあり、熱帯夜にふすまを閉め切るようになりました。
つい先日は朝、顔を洗って洗面所の扉を開けたら、そこに兄がコーヒーのペーパーフィルターを持って立っていました。
特に意味はないのかもしれません。でも音もなく忍び寄っていることが不気味で、トイレや入浴中など、扉を閉めるたびに警戒するようになり、長居して出るときはわざと「もうすぐ出ますよ」的な物音を立てている始末。夜道で誰かにつけられている気がして用もないのに携帯電話をいじり出してしまうような自意識過剰さが家の中でも炸裂しております。
よしんば覗き見、盗み聞きされているとしても、そんな兄に気づきたくはないですし、わたくしに見られてばつが悪そうにごまかす兄も見たくない。
日光東照宮の三猿の気持ち?聞き耳を立てるくらいならノックをすればいいのに、それすらも遠慮してできない兄でございます。
そんなにわたくしが怖いのでしょうか?近頃はテレビの音量も極小でございます。わたくしが自室にこもるとボリュームを下げ、テレビと顔の距離30センチぐらいで座り込む兄の姿をみるにつけ、わたくしは思うのです。
「それって“ボクこんなに気を使っていますアピール”ですか?」と。
ああ、ダメダメ。神様、わたくしに飛びっきりの罰をお与えください。
つづく…(次回は4月2日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ