兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第33回 兄が同窓会に行きました その2】
妹でライターのツガエマナミコさんと2人暮らしをする兄は、数年前から若年性認知症を患い、会社を退職。今は、病院とハローワークに通う以外は、ほぼ毎日家にいる。
先日、久しぶりに友人から、大学時代のサークルの同窓会開催の連絡が入った。ツガエさんと2人で出席を決めたのだが…
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
同級生に病気を告白した日
ブルーのボタンダウンシャツとコットンセーターとチノパンというのが会社に勤めていた頃からの兄の定番ファッションでございます。それにジャケットまたはコートを着るのが冬の装い。病院もハローワークも毎回それで通しております。
同窓会の日も変わることなく定番をまとった兄がリビングをうろつきながら、「なんか上に着た方がいいかな?このままでいいか」と言うので、「この前病院に着て行った紺のジャケット、着た方がいいんじゃない?」と言うと、「紺?どれだろう。紺か…」と言いながらゴソゴソ部屋を物色し、ベージュ色のハーフコートを持ってきて「どれ?これ?」と言うので、“紺じゃないし…”と思いながら「それでいいと思うよ」とほほ笑んだわたくしでございます。
12月に上着なしで出かけようとする季節感のなさは、典型的な認知症症状でございまして、気候にあった服選びができなくなってきたな~と病状を察しました。
会場は、巨大ターミナル駅近くのカジュアルイタリアン。集まったのは男女計12人ほどでございました。わたくしは、およそ40年前に2~3回お目にかかっただけですが、すぐに思い出せるお顔とお名前が2~3人おりました。なにしろ、ちやほやされたJK記憶は鮮明ですから!
兄も「よう!」とか「久しぶり!」とか「なんだよお前、頭ツルツルだな」などと言いながら、しばし豪快に笑っておりました。でも、どなたかに「いくら携帯に電話しても出ねえんだもん」と言われ、さらに「会社に電話したらさ、辞めたって言われちゃってさ」と続きました。
兄は愛想笑いをひきつらせながら「そうそう、会社辞めたな」とニコニコを絶やさず、うつむき加減になりました。すると別のどなたかが「ま、定年だからな俺たち」とフォローしてくださり、なんとなく別の話しになっていきました。
兄の会話は、お友達と少し噛み合っていない感じがしましたが、アルコールの入った60歳過ぎのおじさんたちには、よくあることなのか構わず兄に話しかけ続けてくださり、ありがたく思いました。そして兄の脳味噌が少しでも活性化することを祈りました。
近況報告では、みなさん仕事の話や、家族のこと、楽しんでいる趣味の話などをし、兄も、会社を辞めたこと、毎日テレビばかり見ていること、妹と二人で住んでいることなどを話して短めに終了。わたくしは、兄が声を張り、普通に発表できたことに拍手でございました。
そして自分の番になって、仕事の話をした後、兄の病気について話すか話さないかを迷い、「言っていい?病気のこと」と兄に聞きました。すると兄は「ああ、別にいいよ」と言って次の瞬間に自ら元気よく手を挙げて「アタシ、アルツハイマーになっちゃいました。頭がボケちゃって妹に世話になってます。もう頭があがりません」と情けない心情を笑顔で隠しておチャラけました。
こうして文字に起こすとどうしても切なさが溢れてしまうのですが、ほかにもたいへんな病気を抱えている方が複数人いて、兄だけが注目されることはなかったですし、みなさん明るい雰囲気だったので、発表するにはよい機会だったと心から思いました。
午後2時開始という中途半端な時間にも関わらず、繁忙期規制によって4時には店を追い出されたわたくしたちは、駅までのコンコースをダラダラと歩いて解散になりました。「昔ならこんな時間に解散はあり得なかったけど、この歳になると誰も二次会とか言い出さないな」と言いながら、それぞれに握手をして、「じゃ、みんな元気で。また企画するから!」という幹事さんの声とともに散っていきました。
兄はとても楽しそうでした。青春時代の話題で爆笑していました。でも自分からは当たり障りのない相槌しかせず、昔をいろいろ思い出して話す様子はありませんでした。
帰りの電車の中で、「私たちの正面にいたあの人名前なんていうの?」とわたくしが尋ねると、「あ~頭ツルツルの? 誰だっけ。ん?」と両手を広げる外国人ポーズ。
あ~あ、ザンネン!兄の脳味噌は今のところそんな調子です。
つづく…(次回は3月26日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ