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高齢者の幸福度進展のカギは「推し活」。生きがい形成でウェルビーイングな老後へ<調査レポート>

「人生100年時代」を迎える今、長い老後を少しでも楽しく健康的に過ごすためには、生きがいを作ることが重要となってくる。そこで注目されているのが、「推し」の存在を作って「応援活動」を行う、いわゆる「推し活」だ。「推し活」が高齢者施設利用者の幸福度にどのように関わってくるのか、調査結果を元にレポートする。

高齢者の「推し活」と幸福度について研究成果を発表

 平均寿命が延び、「人生100年時代」という言葉を耳にする機会も多くなった現代日本。長い老後も活き活きと自分らしい生活を送るための秘訣は色々とあるが、その中でも今「推し活」が注目されているようだ。

 サントリーウエルネス生命科学研究所は、京都大学 人と社会の未来研究院と、大阪公立大学 大学院情報学研究科 基幹情報学専攻と共同し、同社が推進している活動「Be supporters!」に参加する、要介護状態(※1)にある高齢者施設の利用者を対象に、「推し」の存在を作って「応援活動」を行う、いわゆる「推し活」と幸福度の関係性を明らかにする研究を実施。今回はその研究結果をレポートしていく。

※1 身体上又は精神上の障害があるために、入浴、排泄、食事等の日常生活における基本的な動作の全部又は一部について、厚生労働省令で定める期間にわたり継続して、常時介護を要すると見込まれる状態であって、その介護の必要の程度に応じて厚生労働省令で定める区分のいずれかに該当するものをいう。

(出典:厚生労働省ホームページ:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/nintei/gaiyo4.html)

「支えられる」から「支える」へ 研究の背景と目的

「Be supporters!」は高齢者施設の利用者や認知症当事者など、普段は周囲に「支えられる」場面の多い人が、地元のJリーグのクラブを応援することで、「支える」存在になることを目指す活動で、サントリーウエルネスとJリーグが共同で推進している活動だ。「いくつになってもワクワクしたい、すべての人へ」をコンセプトとしており、2020年12月に活動を開始してから現在までで、全国約230施設・延べ約1万人(2024年8月時点)が参加している。

 活動開始以来、参加する施設職員の人々からは、「利用者に応援する好きな選手ができた」「脚が不自由で歩行器を使っている利用者が、好きな選手の写真を見るために、自力で一歩踏み出した」「腕が不自由でリハビリに積極的ではない利用者が、応援している時は腕を挙げて手を叩く」「部屋に閉じこもりがちだった利用者が、他のかたと一緒に応援することで笑顔が増えた」など、利用者の様々な変化が報告されてきた。

 こうした中、生命科学研究所は、「Be supporters!」による「応援活動」と幸福度の関係性を明らかにする研究を開始。幸福についての理解をさらに深め、顧客のウェルビーイングに伴走したいという考えのもと、「Be supporters!」の活動が利用者や周囲の職員・家族に及ぼしている影響の構造化を目指した。

介護施設利用者の生きがい形成 <Be supporters!の活動事例分析>

 本研究の対象は、高齢者施設で実施するJリーグの試合観戦に参加している、利用者14名(以下、利用者)とその施設に勤務している職員23名、そして利用者の家族14名の、計51名。質問票やインタビュー、医療記録などを使ってデータを集め、要因間の関連性を解析した。また、利用者に対する質問票については、利用者本人による回答が難しいため、担当職員が回答を行った。

 利用者に関する質問は、「Be supporters!」活動に参加した頻度から、どれくらい「推し活」に熱中しているか、どの程度自分自身で日常生活を行えているのか、生きがいを感じられているか、普段施設ではどのように生活しているのか、など、全部で11項目。多岐にわたってデータの収集・分析を行った。

結果【1】:「推し活」と「生きがい」の連動

  高齢者施設で実施するJリーグの試合観戦に参加している利用者14名のうち、特に5名については「推し活度(※2)」と「生きがい意識尺度(Ikigai-9)(※3)」が連動して変化する特徴的な様子が観察された。この5名は「推し活」が「生きがい」に大きく影響していると考えられる。

※2 「推し活」にどれくらい熱中しているかを測る、本研究のために独自に作成した指標。「応援している選手の名前あるいは背番号を覚えている」「応援している選手のことが、普段の生活で会話に出てくる」「応援している選手やチームのことを、自分からもっと調べて知ろうとしている」という独自に設定した3つの質問項目に対する回答の平均値(「全く当てはまらない」=1から「非常に当てはまる」=5)とした。

※3 「生きがい」を測る指標で、「自分は幸せだと感じることが多い」「何か新しいことを学んだり、始めたいと思う」「自分は何か他人や社会のために役立っていると思う」「心にゆとりがある」「色々なものに興味がある」「自分の存在は、何かや、誰かのために必要だと思う」「生活が豊かに充実している」「自分の可能性を伸ばしたい」「自分は誰かに影響を与えていると思う」の9つの質問項目から成る。今回の研究では、研究対象に合わせて一部改変して使用した。(出典:今井忠則、長田久雄、西村芳貢(2012)。生きがい意識尺度(Ikigai–9)の信頼性と妥当性の検討。日本公衆衛生雑誌 59、3–439。)

結果【2】:「社会関係資本」と「段階的欲求」が段階的に進展

 また、特徴的な変化が観察された上記5名の利用者について、「選手にサインを求めるようになる」「ブラジル人選手を応援するためにポルトガル語の勉強を始める」「地域の住民やサポーターに声をかけられるようになる」等の具体的な事象の分析を行った。ウェルビーイングに関わる先行研究(※4)を参考に、いわゆる「つながりの力」である「社会関係資本(※5)」と、自己実現に向けた人間の欲求を理論化した「段階的欲求(※6)」が進展していると考えた。ここでは5名のうち2名のケースを例示する。

※4 坂倉杏介、保井俊之、白坂成功、前野隆司(2013)。「共同行為における自己実現の段階モデル」による「地域の居場所」の来場者の行動分析―東京都港区「芝の家」を事例に。地域活性研究 4、23–30。

※5 人と人の関係性を資本として捉える考え方で、米国の政治学者、ロバート・パットナムによって「個人間のつながり、すなわち社会的ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範」と定義された。英語では「ソーシャル・キャピタル」。

※6 米国の心理学者アブラハム・マズローが著書「人間性の心理学」の中で提唱した「マズローの欲求段階説」のこと。人間の欲求を5段階の階層で説明した心理学理論。

<ケース1>「社会関係資本」の進展が先行~他者との交流が増え、ムードメーカー的存在になった~

・90代女性(ショートステイ利用/要介護3)

・担当施設職員の声:以前入居していた施設では、他の利用者への敵対心が強くてコミュニケーションが難しく、トラブルもあったと聞いている。当施設に移り、「Be supporters!」に参加して色々なかたと交流するようになってから、日常的なトラブルは明らかに減った。今は皆のムードメーカー的な存在になっている。

<ケース2>「段階的欲求」の進展が先行~周囲の手伝いをするようになり、自分の役割ができた~

・80代男性(小規模多機能利用/要介護2)

・担当施設職員の声:入居した当初は、他の利用者と一緒に取り組む活動は一切やらないと断っていた。施設でもひとりで椅子に座って孤立していることも多かった。当施設が「Be supporters!」の活動を始めたところ、クラブのポスターを壁に貼ったり、机や椅子を動かしたり、よく職員の手伝いをしてくれるようになり、今までは話をしなかった女性の利用者とも会話するようになった。

「推し活」で幸福度を高めよう

 以上のように、「Be supporters!」を実施する施設では、利用者の要介護状態に関わらず、「社会関係資本」と「段階的欲求」に段階的な進展が見られた。「Be supporters!」への参加で心が動くことをきっかけに、仲間ができ、自分の存在や役割を認められると同時に、人との繋がりが生まれ、その状態が継続することで少しずつ幸福度が進展した、そして結果的に利用者自身や周囲に変化が生まれたのではないかと考えられる。また、進展のパターンは人それぞれで、その人らしい幸福度の高まり方が存在するようだ。

 さらに、本研究の発表に先立ち、一般の中高年者における「推し活」と幸福度の関係性について理解を深めるため、生命科学研究所は「推し活」を行う一般の中高年者約2,000名を対象としたオンラインアンケート調査を実施。その結果を、2024年9月に「日本社会心理学会第65回大会」で発表し、「推し活」を行う中高年者において、ポジティブな感情を高めることが幸福度に寄与していることを報告している。「推し活」は、高齢者施設の利用者のみならず、中高年者にとってもウェルビーイングに寄与するひとつの手段になると言えるだろう。

 自分が好きだと思った人やものを様々な形で応援する「推し活」。「推し活」を通して仲間との一体感を覚えたり、「推し」が頑張っている姿が自身のモチベーションに繋がったりなど、「推し活」には多くのメリットがあるようだ。日々に彩りを与え、幸福度を高めるためにも、「推し」を作ってみてはいかがだろうか。

【データ】

サントリーウエルネス
https://www.suntory-kenko.com/

「Be supporters!」公式サイト
https://www.suntory-kenko.com/besupporters/

【研究概要】

研究方法:観察研究(※7)
研究対象:合計51名
 ・高齢者施設で実施するJリーグの試合観戦に参加している、利用者14名
 ・高齢者施設で実施するJリーグの試合観戦に参加している、高齢者施設職員23名
 ・研究対象者の利用者の家族14名
評価項目:質問票による評価(※8)、ウェアラブル端末による評価
実施施設:
 ・高齢者総合福祉施設オリンピア兵庫(兵庫県神戸市)
 ・社会福祉法人 射水万葉会 天正寺サポートセンター(富山県富山市)
調査期間:2023年9月~2024年1月

※7 対象者の自然な状況を観察し、データを収集・分析する研究方法。質問票やインタビュー、医療記録などを使ってデータを集め、要因間の関連性を解析する。

※8 利用者に対する質問票については、利用者本人による回答が難しいため、担当職員が回答。

※サントリーウエルネスの発表したプレスリリース(2024年11月22日)を元に記事を作成。

図表/サントリーウエルネス株式会社提供 構成・文/秋山莉菜

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