猫が母になつきません 第392話「おおやさん」
大家さんはとなりに住んでいるのでたまに顔をあわせることもあります。「今度ランチでも」とお誘いをうけていましたが社交辞令だろうと思っていました。ところがある日電話がかかってきて大家さんのお友達と三人でランチをすることになりました。お店は大家さんが予約してくださって現地集合、おしゃれなホテルの1階にあるカフェレストランでした。お友達は大家さんが入院していたときに知り合った「肩の腱がきれた者同志」の入院友達だということでした。引っ越してきた日に大家さんと立ち話をしたときに「ちょっと肩を痛めていて…」とおっしゃったことから私も肩の腱が切れたことがあるという話をしたのでシンパシーを感じて「肩の腱が切れたことある人」の集いをしようと思いつかれたのかもしれません。
大家さんは80歳でご夫婦で暮らしています。とても若々しい感じの方だなと思っていましたが、その暮らしぶりは想像以上にアクティブで好奇心に満ちていました。この日も首には鮮やかなオレンジのスカーフをこなれた感じに結んでいて「このレストラン、すごくおしゃれな人をときどき見かけるの」と街でのファッションチェックにも余念がない。YouTubeでミラノマダムのストリートスナップも見たりするらしい。旅行にもよく出かけるみたいだし、新しいレストランや美術館のことも知っている。選んでくれたレストランもほんとうに美味しくて、前菜、サラダ、ピザ、パスタ、デザートのコースを平らげました。うーむ、今時の80歳ってすごい。旦那さんへのお土産のピザが入った箱を手に「車はデパートの駐車場に停めたから。じゃあまた。」と大家さんは去っていきましたが、その駐車場は早足であるいても20分はかかる距離。元気だ…。
大家さんは80歳になったときに「老人の入り口に立っちゃったわ」と言ったらご友人に「やあね、もう出口よ」と言われたそう。大家さんがそんなふうに思うのには理由があって、105歳のお姑さんがいらっしゃるのです。施設で暮らしているそうですがお元気だとのこと。入り口がどこか、出口がどこか、それは人によって心持ちで全く違うんだなと思いました。
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作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。