70才で骨折する人と80才で走れる人の違いは?86才現役マラソンランナーに学ぶ健脚の作り方
「人生100年時代」が到来して久しいが、たとえ長く生きることができたとしても、自由に体を動かすことができないのであればその幸福感は激減するだろう。幸せな老後を体現する「健脚」の作り方・保ち方を徹底取材。骨折しやすい人とそうでない人の差について、専門家に解説いただいた。
骨折しやすい人・しない人との差とは?
骨折患者は年齢を追うごとに増えることが明らかになっており、2017年の厚生労働省の調査によれば、その半数以上が70才以上だ。しかし一方で、年を重ねてもマラソンや水泳などに取り組み、健脚を披露するシニアもいる。
骨折しやすい人とそうでない人の差はどこにあるのだろうか。鳥取大学医学部保健学科教授の萩野浩さんはこう話す。
「もともと持っている骨量や遺伝的要素もありますが、もっとも大きな差が生まれる要因は運動習慣の有無にあります。筋トレや有酸素運動を継続して行えば、骨が刺激され骨密度が上がりますが、運動習慣がなければ骨がもろくなるうえ、脚の筋力も落ちるため、転倒しやすくもなります」
86才で走る現役マラソンランナー
実際に、86才にして現役マラソンランナーとして活躍し、2017年の東京マラソンでは4時間11分45秒で完走、80~84才部門の世界新記録を樹立した中野陽子さんは、長きにわたって培った運動習慣がいまに生きていると話す。
「若い頃から体を動かすことが好きで、昔はスキーをしていたのですが、“手軽にできてお金のかからないスポーツをしたい”と思って70才を機にマラソンを始めました」(中野さん・以下同)
現在も週4日のランニングを欠かさない中野さんは、マラソンの魅力をこう話す。
「遠出してウエアに着替えなければできないスキーと比べて靴さえあればいつでもすぐに走れるうえ、競技人口が多いため新しい友人もできました。仲間と一緒にしゃべりながら走ったり、旅行に出かけて知らない土地をランニングしたりするのはこの上なく楽しいひとときです」
生活習慣を見直す事も重要
つまり、脚が丈夫であれば新しい人間関係も広がるということ。中野さんのように元気に走れるかどうかは、日頃の生活習慣も関係している。
「糖尿病や高血圧などの生活習慣病も、骨をもろくして骨折しやすい体を作る原因になります。加えて、こうした疾患を持つ人は食生活に偏りがあって栄養不足によって筋力が低下しているケースも少なくない。もともとやせ型で骨が細い人や、食べても太りにくく体内に栄養をためにくい人も気がつかないうちに骨折リスクが上がっていることも多いため、注意が必要です」(萩野さん・以下同)
骨粗しょう症から“いつの間にか骨折”の場合も!
恐ろしいのは、自覚のないまま骨が弱くなり背骨が折れる「いつの間にか骨折」だ。
「骨粗しょう症になると『椎体圧迫骨折』といって、少し重いものを持っただけで背骨が折れることがあり、そのうちの約3分の2は本人が気づかない『いつの間にか骨折』です。腰痛やぎっくり腰だと思っていたら、実は骨が折れていたというケースも珍しくない。自覚症状がないゆえに治療せずに放置した結果、寝たきりになるような重篤な状態につながることもあります」
骨折は負の連鎖を引き起こす
内閣府が発表した2021年版の「高齢社会白書」によれば、女性が要介護になった原因で最も多いのは認知症(19.9%)だが、2位は骨折・転倒(16.5%)だ。
萩野さんは「骨折は連鎖する」と警鐘を鳴らす。
「一度骨折すれば、その後再び骨が折れるリスクは2~3倍高くなります。転んだ瞬間に手をついて手首が折れる程度の小さなものだとしても、骨全体が弱っていたり、筋肉量が減少している可能性があり、これをきっかけに大きな骨折が引き起こされることも少なくありません。
特に大腿骨近位部の骨折は、その後歩けなくなって寝たきりになる事例が多く、誤嚥(ごえん)性肺炎を併発するケースもある。骨折をきっかけに予後が悪くなり、死亡リスクが跳ね上がることを『骨卒中』と呼び、懸念する医師が増えています。実際、大腿骨近位部の骨折は死亡リスクを5~6倍上げるというデータもあります」
食事はまんべんなく摂るのが大切
バランスが重要なのは食生活も同様だ。
「体にいい栄養素をまんべんなく摂ることを心がけてください。骨のもととなるカルシウムはもちろん、カルシウムの吸収や骨への沈着を助けるビタミンDやKも継続的に摂りましょう。ビタミンDはさんまやきのこ類などに、ビタミンKは緑葉野菜や海藻類に多く含まれています。
反対に過度な飲酒は骨をもろくします。1日にワイン1杯やビール1缶程度なら問題ありませんが、大量に飲むのは控えてほしい。喫煙は少量でも骨に悪く、疫学的調査では、1本でも吸う人は骨粗しょう症になるリスクが高いとされています」(萩野さん)
中野さんもバランスのいい食事を心がけていると話す。
「野菜だけでなく、たんぱく質が豊富な魚や肉、豆類も意識して食べています。実は、お肉や納豆はあまり得意ではないのですが、好き嫌いせずに、まんべんなく摂るように努力しています」(中野さん・以下同)
こうした対策を行うことで、たとえ骨折したとしても、予後がよく、その後も元気でいられるケースは多い。
「私も昨年、坂道を走っている途中に転んで背骨を圧迫骨折しましたが、1か月ほど通院して完治しました。健脚でいるためには、運動や生活習慣の改善はもちろん、目標を持つことも大切だと思っています。いまの私の目標は、来年3月の東京マラソンで、世界記録を出すことです」
教えてくれた人
萩野浩さん/鳥取大学医学部保健学科教授、中野陽子さん/現役ランナー
※女性セブン2022年6月16日号
https://josei7.com/
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