《74歳からフルマラソン34回完走》92歳の現役ランナー・北畑耕一さん、腎臓機能低下も定期検診を受けながら走り続ける!妻の食事管理を支えに送る「マラソン人生」
70歳で退職後、74歳から走り始め、80歳でニューヨーク・シティマラソン年代別1位を獲得したシニアランナーの北畑耕一さん(92歳)。戦後の食糧難の下で育ち、商社マンとして世界を駆けた半生や、家族の支えと工夫を糧に、国内外34回のフルマラソンを完走。走り続ける思いを聞いた。【全3回の第1回】
戦後の食糧難を乗り越え、世界を飛び回った商社時代。家庭も順風満帆
――これまでの半生を教えてください。
北畑さん:4人きょうだいの長男として生まれて、横浜市の金沢文庫の近くに住んでいました。小学6年生の時に太平洋戦争が終わったのですが、食糧難だったので、母は子供を育てるのに苦労したと思います。横浜国立大学では応用化学を学び、1958年に伊藤忠商事に入社しました。
1960年代の末にかけて日本の産業が大いに復活してプラント輸出を担当していました。1970年代初頭オイルショックが起き、資源開発が注目されるようになってイラン、ドバイ、サウジアラビアなど中近東のプロジェクトに忙殺されました。その後本社に戻り、次にニューヨーク駐在員として、開発、投資案件に従事、最後は外資系通信会社の勤務を経て、2004年70歳でリタイアしました。
子供は息子が2人で、孫が5人。そして昨年、ひ孫が生まれました。部屋に飾っている生後1時間のひ孫の写真を見ると、人生観が変わりますね。視力はほぼないのに、しっかり相手を見つめて、生命力が強くてね。人間って愛されるように生まれてきたんじゃないかと思います。
腎臓機能の低下により、塩分控えめで野菜中心の食事に
――ご家族でよく集まるのでしょうか?
北畑さん:海外にいる孫たちは別として、日本にいる子供や孫は毎年、元日にうちに来ます。家内の得意料理ローストビーフが目当てですかね(笑い)。
私は74歳から走り始めたのですが、最初はみんな無関心でした。でも新聞や雑誌に取り上げられることが増えたせいか、最近は長男夫妻、次男もランニングを始めました。長男夫妻は毎月辻堂海浜公園のParkrunに出ています。長男のお嫁さんは最近ハーフマラソンのデビューを果たしました。サンフランシスコにいる孫も現地でマラソン大会に出ています。
2004年のシドニーマラソンには、シドニーに住んでいる孫娘が、オーストラリア人のご主人と一緒に来てくれて、2023年のロサンゼルスマラソンでは長男のお嫁さんとその子供が応援してくれました。シドニーマラソンでは開催史上の最高齢だということで、ゴールでインタビューされました。もうフラフラで、座り込みたかったんですけどね。
――フルマラソンの大会に年3回出場することを続けているそうですが、ありがたかった家族のサポートはありますか?
北畑さん:家内が作ってくれる料理です。私は腎臓の働きがあまりよくないので、塩分は控えめ、数年前まではたんぱく質の制限もありました。だから、好きなお漬物やお味噌汁をやめて、野菜中心の食事をしています。
また、腎臓の機能が低下するとカリウムの排泄が不十分になり、血液中のカリウム濃度が高まる「高カリウム血症」が起こりやすくなります。ですので、ほうれん草や小松菜などカリウムの多い野菜は、家内が茹でこぼしてくれています。あまり生野菜はいただかなくなりました。
定期検診を受けつつもマラソンは生涯続けていきたい
北畑さん:よく食べるのは、茹でたブロッコリーにオリーブオイルを絡めたものです。オリーブオイルは不飽和脂肪酸のオレイン酸が豊富で、悪玉コレステロールを下げる働きがあるそうですね。健康によいと思って続けています。地中海料理を食べる地域は長生きですし。
――マラソンを続けていることについて、奥さんはなんと言っているのですか?
北畑さん:マラソンを始めた当初、家内は「すぐやめるだろう」と思っていたようです。ここまで続けていると応援はしてくれますが、ハードな運動なので、早くやめてほしいとも言われます。2か月に1回ペースで血液検査をして、医者には大丈夫だと言われていますが、腎臓の働きが悪いと血液を作る機能も低下するんです。貧血になると酸素が運べなくなるので、腎臓が悪い人はランニングを避けがちだと思います。
何人かの医者に相談したのですが、あるドクターから「好きなことを犠牲にしてまで、ランニングをやめろとは言えません」と言われました。それで納得して続けています。走っていれば苦しい時もありますが、マラソンをやめようと思ったことは一度もありません。マラソンを始めてから体の調子もよくて、血圧はずっと変わらず、上が120下が75くらい。無理をしなければ健康にもいいと思うので、けがをしないように生涯続けていきたいですね。
◆ランナー・北畑耕一
きたばたけ・こういち/1933年11月3日、神奈川県生まれ。伊藤忠商事を経て外資系日本法人の代表を歴任し、70歳で退職。74歳から走り始め、78歳で初マラソン完走。80歳でニューヨーク・シティマラソン年代別1位を獲得。83歳で脊柱管狭窄症の手術を受けながらも、わずか8か月後にフレンチ・リビエラマラソンを完走。以降、国内12回・海外22回、計34回のフルマラソンを走破し、最高齢ランナーとして注目を集めている。
撮影/小山志麻 取材・文/小山内麗香
