認知症グループホームで暮らす糖尿病の利用者さんに「お菓子の差し入れが…」現場で働く職員の苦悩と対処法
認知症グループホームで働く作家で介護職員の畑江ちか子さんは、ある悩みを抱えている。それは「糖尿病を抱える利用者さんへの差し入れ問題」だ。ご家族がたびたびお菓子を持参して面会に来るという。現場の職員たちと利用者さんの想いが交錯して――。
筆者/作家・畑江ちか子さん
1990年生まれ。大好きだった祖父が認知症を患いグループホームに入所、看取りまでお世話になった経験から介護業界に興味を抱き、転職。介護職員として働きながら書きためたエピソードが編集者の目にとまり、書籍『気がつけば認知症介護の沼にいた もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(古書みつけ)を出版。趣味は乙女ゲーム。
※記事中の人物は仮名。実例を元に一部設定を変更しています。
糖尿病の入居者さんの想いと現場の葛藤
「おやつに甘いものどっさり出してくれ!」
「ご飯にはマヨネーズとソースをかけてくれ!」
「甘いココアをバケツ一杯飲みたい!」
「揚げ物をムシャムシャ食べさせろ!」
――これらは、堀内久美子さんの“魂”の叫びです。
認知症グループホームで暮らす堀内さんは76才。認知症は軽度ではあるものの、糖尿病のため、入所時より主治医から糖質制限を指示されているかたです。
野菜中心のおかずに、主食の米飯は1食につき120g。コーヒーや紅茶に入れるのは、お砂糖ではなく合成甘味料。一日の摂取カロリーの目安は、1200kcalです。
施設に入所され、このような食生活を約1年間続けた結果、70kg以上あった体重が50kg台にまで落ち、血液検査の値も糖尿病でないかたと同じくらいにまで落ち着いてきました。
その結果、主食のご飯は毎食150gにまでアップしてよいと医師から許可が出たのです。
1年かけてここまで来られたのは、施設職員と医師の連携はもちろんありますが、何よりご本人が頑張った成果だと思います。しかし、一旦血液検査の値が良くなったからといって、好きなものを目いっぱい食べていいというわけではないのが辛いところです。
食べることが大好き!堀内さんとの会話
「ねえ、おねーさん」
私が食事の支度をしていると、堀内さんは必ずキッチンカウンターに肘をつき、こんなふうに話しかけてきます。
「もうなくなっちゃったんだけどさ、なんとか堂ってスーパー知ってる?」
「知らない、安いんですか?」
「そうなの、安いの。そこで売ってる野菜のかき揚げがすんごいウマいんだ。多分ごま油かなんかで揚げてあってさ、翌日天つゆで煮てご飯と一緒に食べるとさ、ムシャムシャムシャ―って何杯でもいけちゃうんだよお」
ゴクリ…。私が盛り付けているカブの煮物が、かすんでゆくようです。堀内さんは、おいしいものをたくさん知っているだけでなく、表現にとんでもない臨場感があるのです。
「何ですかそれ、絶対おいしいじゃないですか…」
「ふっふっふ! 今度うちの近くまで行こう、ご馳走してあげるからさ! ここで出るチマチマした飯じゃ、力が出ないよ」
よし、じゃあいつにします?と、言いそうになった直後、いかんいかんと思い直しました。そして、堀内さんが知っているおいしいもの全部、一緒に食べてみたいなぁと考えながら、ヘルシーな食事の支度を続けます。
こんな感じでおいしいものが大好きな堀内さんは、冒頭の魂の叫びを毎日繰り出されます。
堀内さんが頑張ったから、ご飯の量が増えたんです。ここで暴走しちゃったら、また食べられる量が減ってしまいますよ。だから、一緒に頑張りましょう!
――堀内さんの魂の叫びを聞くたびに、職員はこんなふうに声かけをして対応しています。
堀内さんに「おやつ」の差し入れが!
そんな私たちの強敵は「ご家族様からの差し入れ」です。
堀内さんには妹さんがいらっしゃり、しばしば面会に施設へ来られます。その際、尿取りパッドや歯磨き粉などの日用品をお持ちいただくこともあるのですが、その中にお菓子の差し入れが入っていることが多いのです。
面会はご本人様の居室で、職員抜きで行われることが多いことから「医師からの指示があるため、食品の差し入れは一旦職員に預けてください」とお願いしています。しかし、それで安心というわけではありません。預けていただいた物とは別に、こっそり居室へ食べ物を持ち込まれ、ご本人様に差し上げてしまうケースが多々あるのです。
現場職員たちの苦悩と対策
妹様もご本人様も、面会中は何も召し上がっていないとお答えになりますが、妹様が帰った後の居室を見れば、それが嘘であるとすぐにわかります。
ベッドの下に落ちているチョコレートの包み紙、ゴミ箱に入っているラベルの剥がされたジュースのペットボトル、床に散らばるお煎餅のくず…。
私たち職員は、こうした手がかりから、面会中の堀内さんが何を、どれだけ召し上がったのかを推測します。そして、その後の食事やおやつの量を調整することになるのです。
「これっぽっちじゃお腹いっぱいにならないよー!」
「甘いもの不足で爆発しそうだ! もっとくれ!」
食事やおやつを減らされた堀内さんは、決まってこう仰います。
先ほど妹様からの差し入れを召し上がったことを忘れてしまっているのは認知症なので仕方ないとしても、
「妹が持ってきたお菓子が戸棚にしまってあるだろ! 出せ!」と詰め寄ってこられるのは、正直困ってしまいます。
こうした状況になるたび、「妹さん、マジで勘弁してくれ~」と職員の誰かがつぶやきます。そして、その後すぐに「気持ちはめちゃくちゃわかるんだけどさ…」と続きます。
家でテレビを見ながらおせんべいを食べるのが至福の時間、ホッとしたいときはチョコレートをつまむ、お気に入りのジュースは冷蔵庫にストックを欠かさない――。
このようなありふれた日常の彩りを、突然断たれてしまったら…。自分が堀内さんの立場だったら、きっと世界がモノクロに見えてしまうでしょう。
そして、彼女の顔を見にいらっしゃる妹さんは、医者から制限されているとわかっていても、好きなものが食べたいと訴えるお姉さんの表情を見てしまったら、それまでの彼女の生活を思い出してしまったら、「おせんべい1枚くらいなら」「チョコレート数粒なら」と、考えてしまう気持ちもわかります。
ですが、介護職員としては後々の生活を考えていかなくてはなりません。どんなに食べたい、と訴えられても、血液検査の良好な結果を保つため、先々でおいしいものがもっと食べられるようになるため、心を鬼にしなければならない――。
これが、結構辛いことなのです。できれば、家族のみなさまにも、伴走いただきたいと強く願っています。
食べ物系の差し入れに関して、施設側からNGと言われたことは守っていただきたい。
これまでのご本人様の努力を無駄にしないためにも。そして、この先おいしいものをもっと食べられるようになるためにも。
――現場職員の「魂の叫び」です。
畑江のつぶやき
「甘いものを食べたい」お気持ちはわかるけど、心を鬼にしなければならないのです
イラスト/たばやん。