連載

認知症の母がコロナ禍で”マスクしねばねぇの?”と言う意味は…

 新型コロナウイルスの影響でマスクが定着しているが、認知症の人にとっては、新しい生活様式を取り入れることが難しいことも…。岩手・盛岡で暮らす工藤広伸さんのお母さんもマスクに抵抗があるようで――。今回はコロナ禍の遠距離介護とマスク関するお話だ。

マスク嫌いな認知症の母はコロナ禍をどう乗り切っているのか?

 2020年は、新型コロナウイルス一色の1年でした。県をまたぐ移動に関する国の方針と帰省先である岩手県の状況を確認しながら、慎重に遠距離介護を続けてきました。

 多くの人は、コロナを意識しない日はなかったと思うのですが、母にとってはどこ吹く風。連日の報道をすぐ忘れてしまうため、あまりコロナを身近に感じていなかったようです。

 7月末まで感染者ゼロを続けてきた岩手県も、最近は感染者が急増し、実家の周りにもコロナの影が近づいてきました。コロナを意識してないひとり暮らしの母が、心配になってきました。

母がマスクをしたがらない理由

 クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の集団感染のニュースが飛び交っていた2月。当時からわたしはコロナを警戒して、遠距離介護の移動中は常にマスクを着用していました。

 わたしよりも高齢な母のほうが心配なので、マスクをして欲しいとお願いしたのですが、

「メガネかけてるのに、マスクもしねばねぇの(しなければだめなの)」と嫌がります。

 真冬の盛岡では、呼吸でメガネが曇ってしまいます。曇り止めを塗って対策をしましたが、母は嫌がってマスクをしてくれません。母は化粧をするのでマスクに口紅がつくのもイヤなのか、マスクを受け入れてくれません。

→認知症の母が77歳で白髪染めと化粧を続ける理由…認知症と美の話

「もし新型コロナウイルスに感染したら、高齢者は重症化しやすいし、下手したら死んじゃうよ」と事の深刻さを説明すると、母はマスクをしてくれます。しかし、目を離した隙に、マスクを外してしまいます。

 認知症が進行している母に、今からマスクの習慣を覚えてもらうのは容易ではありません。あれから10か月が経ち、再び寒い冬を迎えました。現在の母の様子はというと、

母:「新型コロナウイルスはどこから来たの?」

わたし:「中国かなぁ」

母:「なに、これは日本にも来てるの?岩手は?」

わたし:「(新聞を広げながら)ほら、ここ!でっかく載っているでしょ!」

母:「あら、大変だごど」

 この質問はすでに100回を超えていますが、未だにコロナのことは理解できていません。

→新型コロナに認知症の母「日本沈没か?」デイサービス閉鎖の不安

マスクの装着をヘルパーさんに指摘され…

 母の外出は週2回のデイサービス、ものわすれ外来や眼科の通院ぐらいなので、それほどマスクをする機会は多くはありません。

 マスクをする習慣は身に付きませんが、ヘルパーさんやデイサービス職員の言うことは聞くので、周囲のサポートのおかげで、マスクの着用はできていました。

 たまにマスクの保管場所が分からなくなり、マスクをしない日もありましたが、岩手県のコロナ感染者の累計は全国47位を続けていたので、たまには大丈夫だろうという意識がわたしにはあったのです。

 しかし、飲食店でのクラスターをきっかけに、岩手の感染者が増え、今では全国41位まで浮上しました。マスクの習慣が身につかない母に迫る、コロナの影。県をまたぐ移動がためらわれる今、わたしも簡単には帰省できません。

 介護職の皆さんの言うことを聞いて、きちんとマスクをして欲しいと、遠く離れた東京から願う日々が続きました。

マスク嫌いな母の行動に異変が!

 母の家には見守りカメラがついているので、母の行動をわたしは東京のスマートフォンで確認できます。いつものようにカメラで母を見守っていると、ある異変に気付いたのです。

 デイサービスに行く準備をしている母が、自らマスクをしているではありませんか!

 あれだけマスクを嫌がり、新型コロナウイルスの状況を理解していないにも関わらず、誰のサポートも受けずに、自らマスクをしていたのです。

 スマホを持つ手に力が入り、わたしは思わずガッツポーズしました。なぜ喜んだのかというと――。

→離れて暮らす親の見守りカメラのプライバシー問題に心がザワついた話

 マスクの心配をしなくて済むから、喜んだのではありません。

 どんなに認知症が進行しても、粘り強く繰り返し言い続ければ、新たな記憶として定着することもある。母に新しいことを覚える能力が残っていたことに驚き、喜んだのです。

 わたしだけの力では、マスク着用に至らなかったと思います。岩手にいる妹、デイサービスの送り出しをサポートしてくださるヘルパーさん、訪問リハビリの理学療法士さんが、マスクについて繰り返し言い続けた結果、母は自らマスクをするようになったのだと思います。

 また、自宅に来る専門職全員が、10か月にわたって必ずマスクを着用していたので、マスクをしないといけないという意識が、母に芽生えたのかもしれません。

 残念ながら、母はマスクの習慣が完璧に身に付いたわけではなく、これからも周囲のサポートが必要です。母自身の朝食を作っている最中に、誰もいない台所でマスクをする姿をカメラで見て、「今はマスクする必要ないよ!」とツッコミを入れた日もあります。

 コロナが終息するその日まで、身についたマスクの習慣は忘れないで欲しいと思いながら、今日も東京のスマートフォンから、岩手の母の様子を見ています。

 今日もしれっと、しれっと。

→工藤広伸さんの他の記事を読む

工藤広伸(くどうひろのぶ)

祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/

●介護帰省でGo To トラベルを使ってみた実体験…いくらお得になった?

●離れて暮らす親の認知症が不安…コロナ禍の新しい介護様式とは

●認知症の母の誕生会 ケーキとキャンドルに込めた想いと消えた記憶

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この記事へのみんなのコメント

  • 真面目に生きる一市民

    低酸素症などの環境的要因が アルツハイマー病(AD)の発症に影響を及ぼす可能性が報告されています。 一般的な認知症も例外ではありません。 そのため治療には 高気圧酸素療法(酸素を与えること)が有効とされております。 認知症の方がマスクをしたがらないのは 酸素欠乏状態への潜在的な恐れ(危機感)がそうさせる そのように考えることはできませんか? 子どもでも理由を自覚しないうちから 自分にとって危機となることを嫌がります。 ヒトの直感とは危機回避のためにあるものです。 不確定な情報に価値観を狭くさせられているのは むしろ働ける大人の方ではないでしょうか。 必要でない時にもマスクを外せない方に 着用を習慣づけさせるというのは 社会の大間違いな気がしてなりません。

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