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相続、贈与の違いは?認知症の親から生前贈与は可能?贈与税の対策と注意点を解説

 生前贈与には、節税のためにいくつかの制度があるが、親が認知症になってしまった場合、無効になってしまうことがあるという。相続・贈与の制度から、認知症になる前に考えておくべき生前贈与の対策まで、ファイナンシャルプランナーの大堀貴子さんが解説する。

相続に関する書類やメガネなどのイメージ写真

生前贈与は認知症になる前に…5つの節税制度

 親から子、夫から妻へ生前贈与をする場合、贈与の税制を利用することで、税金の負担を減らしたり、必要なときに資金を支援したりすることができる。ただし、贈与契約はいずれも認知能力が低下していないことが前提となる。

 贈与には、財産を相続した人に対して贈与税がかかる。しかし、生きているうちに財産を相続する生前贈与の場合は、税金の負担を減らせる制度があり、主に以下の5つが挙げられる。

1.暦年贈与なら毎年110万円まで非課税

 年間(1月1日~12月31日)、110万円以下なら贈与税がかからず、申告不要となる。ただし、以下のような場合は贈与税が発生し、贈与が認められない可能性もあるので注意が必要だ。

・複数人から贈与を受けた場合

 Aから80万円受け取り、Bから50万円受取る場合。

 贈与税は、贈与を受けた贈与金額の合計金額に対してかかる。AさんとBさんそれぞれから受けた贈与は合わせて130万円となり、110万円を超えているため贈与税がかかる。

・複数年にわたる贈与契約を結んだ場合

 2020年~2024年の4年間にわたる年間80万円の資金を贈与する契約を結んだ場合。

 契約時に80万円×4年間=320万円の贈与契約を結んだとみなされ、320万円-110万円=210万円に対して贈与税がかかる。

 贈与契約書は贈与の度に作る必要があり、契約時に以後の贈与を約束してしまうと一連の贈与とみなされる。

・実質の所有権が移転していない場合

 祖父から孫に100万円贈与し、孫名義の預金通帳に振り込んだ。預金通帳は祖父が保管している。

 孫が贈与されたことを認識しておらず、預金通帳は祖父が保管していて自分で自由に使うことができない状態であるため、実質祖父から孫への贈与が行われていないことになる。

2.直系尊属からの住宅取得資金の贈与は非課税

 直系尊属(父母・祖父母など)からの贈与で、住宅資金購入資金にかかるものであれば、最大3,000万円まで(※表参照)の金額が非課税で贈与できる。所得が2,000万円以下、贈与を受けた年の翌年3月15日までに居住または居住することが確実になっていることが条件だ。ただし、確定申告は必要となる。

3.相続時の課税制度

 60歳以上(贈与した年の1月1日時点)の直系尊属(父母・祖父母など)が20歳以上の子や孫に贈与した場合に、2,500万円まで贈与税がかからず、超えた部分の金額に対して一律20%の税金がかかる。

 贈与税より、相続税の方が基礎控除金額は大きく、移転資産が大きいときの税率が低いため、贈与税ではなく相続税を利用するために使われる制度。なお、確定申告は贈与する年毎に必要だ。

 ただし、非課税になるわけではなく、一度利用すると撤回できない。また、以下の点に注意が必要だ。

・暦年贈与が使えなくなる

・小規模宅地等の特例を利用できなくなる

 小規模宅地等の特例とは、相続で取得した事業または居住用の土地の価値を80%減額することができる制度のこと。

 相続時課税制度を使って贈与した土地については、この規模宅地等の特例が利用できない。

4.教育一括贈与制度(2021年3月まで)

 30歳未満の子や孫に一括で贈与する教育資金について、子や孫1人につき学校へ直接支払う資金は1,500万円まで、学校以外の塾や習い事への費用は500万円まで(この500万円は1,500万円の非課税枠に含まれる)非課税になる制度。なお、確定申告は必要となる。

5.結婚資金や子育て資金贈与の制度

 直系尊属から結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合に非課税となる制度。

 結婚資金や結婚にかかる転居費用、幼稚園・保育園の保育料など1,000万円までの贈与が非課税(結婚資金については300万円)になる。なお、確定申告は必要となる。

認知症で生前贈与が無効に!?

 贈与とは、親と子など個人間で財産を与える・もらう契約をするものだが、この贈与契約は、あくまでも認知能力がある人が前提となった法律行為となる。

 贈与契約時に認知能力が低下していると、法律行為自体が取り消しとなるケースがある。

 認知症などで判断能力が低下している場合には、法定後見制度による財産管理が行われ、基本的に本人のためになる財産処分しかできなくなる。

 つまり、生前贈与を考えているなら、認知能力が低下する前にしておく必要がある。

 贈与契約自体は、とくに契約書を必要としないため、親子間や祖父・孫の間では口約束や、当事者間の簡易的な書面で契約を成立させているケースもあるだろう。

 こうしたケースで後から認知症になった場合、贈与契約時に認知能力が低下していたかどうかの判断が難しい。

 契約が有効かどうか相続時に争うことになったり、相続税から贈与契約の取り消しや加算請求されてしまったりすることもある。

 認知症は明確な発症時期が明確にしにくく、初期の症状としては物忘れなど誰にでもあるような症状のことが多い。そのため、実際に認知症の診断が下されるのは症状がかなり進行してからになることも多く、相続争いなどの問題に発展する恐れもある。

→夫が死ぬ前に【相続】で確認すべき5つのこと|財産把握シート付き

認知症に備えて生前贈与に必要なものとは…

 高齢の親が生前贈与をする場合、まだ認知症を発症していないと自分自身では思っていたとしても、口約束ではなく、日付の入った書面や、法律の専門家などに依頼して贈与契約書などを作成しておくのが安心だ。

 また、高齢の親が認知症を発症した後、子供が親の資産を管理したり、住宅の処分などを行うには、「民事信託」という方法もある。以下で解説する。

認知症の相続対策に「民事信託」を選択する方法も

「民事信託」とは、本人の財産を信頼できる第三者に託し、その管理や処分を任せる仕組みのこと。これを家族間で行うのが「家族信託」と呼ばれ、最近注目される相続対策のひとつだ。

 信託契約を成立させるためには、認知能力のある状態で委託者と受託者との間で民事信託契約を結ぶことが必要となる。

→家族信託のメリット|相続対策などにも有効。手続き、費用などを解説

「民事信託」を行えば、親が認知症で判断能力が低下したとしても、子供が介護資金捻出のためなどの目的で家を売却したり、預貯金を引き出したりすることができるようになる。売却代金や収益は親の名義となるため、贈与税や不動産取得税はかからない。

 以上のことから、生前贈与は、認知能力があることが前提となっているため、早めに対策しておくのが賢明だ。

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文/大堀貴子さん

ファイナンシャルプランナー おおほりFP事務所代表。夫の海外赴任を機に大手証券会社を退職し、タイで2児を出産。帰国後3人目を出産し、現在ファイナンシャルプランナーとして活動。子育てや暮らし、介護などお金の悩みをテーマに多くのメディアで執筆している。

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